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「満月、おはよ」
寝室は日当たりがよくて、ぽかぽかとした陽気が入って来る。
朝食を作り終わったところで、焼きたてのパンの匂いが寝室に流れ込んだ。
なかなか起きてこない満月を揺すり起こす。
一瞬眩しそうな顔をして、瞳に俺の姿を映した満月は、ふわりと笑った。
伸ばしてきた腕をそのまま首に回させ、細い背中を抱き起こす。
「飯食うか」
満月は笑ったまま、こくりと頷いた。
満月が声を失ってから、半年が経っていた。
精神的なものが原因であると見られた。
過去の事件、それから色んなストレスが重なって、満月の喉は音を忘れた。
身体的な病気でない以上、確実な治療法はなかった。
ただ穏やかに。
それだけ意識してこれまで生活してきた。
ストレスを感じやすい満月に、何の負担にもならないように。
前よりも随分、笑うことが増えた。
悪夢に怯えて震えることもなくなった。
声は、まだ戻らなかった。
何か足りないものがあったのかもしれない。
俺に至らないことがあるのかもしれない。
無理をさせるつもりはなかった。
声が一生戻らなくても、満月が笑ってくれれば、それで良かった。
俺のすべての中心に、満月がいた。
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