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千夏の退院は、案外すんなりと事が運んだ。
もともと身体の傷は治っていたし、リハビリの成果もあって、ゆっくりではあるけれど一人で歩けるようになっていた。
病院にいることが千夏の身体的な回復を妨げるのならと、父は退院を許してくれた。
自宅は病院のすぐ隣で、何かあれば迅速に対応できることも、許可された理由の一つだった。
問題は、そこではなく。
「っ……」
いつもと違う雰囲気を感じ取ったのか、千夏はベッドの上で布団を握りしめて、ふるふると震えていた。
今日は引っ越しする日だった。
少ないながら荷物をまとめて、家に移動しなければならない。
家には千夏の部屋が用意されていて、あとは移るのみ。
「ちな、大丈夫だよ」
「な、なに、こわ、っ」
環境の変化に慣れていないのは、当たり前だった。
不安そうな瞳が俺を捉えていて、荷物をまとめる手を止めて、ベッドの上に座った。
「言ったでしょ、ここ、出ようって」
「でる、」
「そう。俺のお家に行くの。そしたら、もっと長い時間一緒にいられる」
そういうと、少しだけ千夏の固い表情が和らいだ。
「いっしょ、いる……」
「ん。だからね、ちょっと千夏には頑張ってもらわなきゃいけないんだ」
俺の家までは、歩いてすぐ。
車椅子にせよなんにせよ、千夏がこの病院を出ていくには、必ず他人の前に出て行かなければいけなくなる。
「お外にね、出なくちゃいけないんだ」
「……でる、出来る」
「ううん、いつもみたいに屋上じゃなくって、ちょっと人がいるところに行かなくちゃいけないんだ」
途端、千夏はびくっとした。
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