5
 

千夏が、泣く。
俺は理解してやれなくて。

ただ、泣かないで、と慰めることしか出来なくて。



「どうして、涙が出るの?」



抱き締めて、ぽんぽん、と背中を叩きながら、耳元で囁いた。
千夏の身体がきゅっと固くなるのがわかった。
そうなるときは、いつも怖がっているときだって、俺は知っている。



「なにも怖くないよ、ゆっくりでいいから、言って?」
「……あ……」
「大丈夫、」



頭を撫でると、千夏がぽつりと口を開いた。



「なに、も、できない……から、」
「え?」
「ぼくは、むりょく、だから」



この小さな存在が、消えてしまいそうな気がした。



「何も出来なくて、いいよ」
「っ……でも、」
「俺の傍にいてくれれば、それでいいよ」



いつからだろう。

他人を抱かなくなったのは。
千夏しか考えなくなったのは。

自分の欲求ばかり考えていた俺が、いつしか千夏を中心に動き始めていて。
千夏のために、と頭が勝手に動いていて。

――笑って欲しい、と。
―――救ってやりたい、と。



「俺のために、ここにいてよ」



自分の意思を言えない千夏には、こう言うことでしか、存在意義を作れない。



「………はい、」



俺の、世界の真ん中。



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