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「歩く練習、してみよっか」
お互い、それぞれのベッドに座っての、たわいのない会話。
ほとんど気紛れな発言だった。
千夏は前よりも随分、とはいえ平均より下回るのだけど、体力がついた。
俺や山崎さん、親父など普段からよく接する人には、少しずつ慣れてきている。
でも、まだ、それこそ骨の髄まで染み込んだ人に対する恐怖は、拭えていないのだけど。
「………?」
俺の提案にたいして、千夏は少しだけ首を傾けた。
「練習したら、歩けるようになるよ」
「……な、で……?」
「ん?」
「歩けるように、なったら、だめ」
少し、表情が曇った。
「なんで?」
「歩いたらっ……ぼく、逃げちゃう、から」
長らく足枷に繋がれたであろう、傷だらけの足を思い出した。
深い傷はもう消えないのだろうけど、歩くことは、できる。
希望が見えたと思ったのに、簡単にそれは、崩れ落ちていった。
「逃げちゃだめ、だからっ……ぼく、繋がれて」
「もう繋がれなくていいんだよ」
よくわからない顔をしている千夏に、諭すように教えてあげる。
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