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side.航
突然、奈津の声がしなくなった。
くぐもった声が聞こえ、顔をあげた。
「っ……なつ、」
はっとした。
手の甲を口にあて、奈津は必死に声を押さえていた。
ぎゅっと瞑った目からはポロポロと涙がこぼれている。
「ふ、っ……ぅ、」
「なつ、手、離して」
さっきとは違う意味で、同じ言葉を使った。
頭を撫でて手を取ると、皮膚が噛み切られて血が滲んでいた。
「ごめ……なさ、ごめっ」
「なつ、落ち着け」
明らかな怯えだった。
そしてようやく気付かされる、奈津の暗闇。
「ごめ、……なさっ……おと、さん……」
「っ……!」
なんて浅はかだったのだろうと。
思い知らされた。
自分の気持ちを押しつけて、奈津に手を出した。
強く抵抗しないのも、嫌がらないのも、同じ気持ちを持ってくれているからだと思い込んでいた。
違う。
抵抗することで、与えられる苦痛を知ったから。
だから、抵抗出来ないままで。
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