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まだまだ俺は、千夏の過去なんて、少しも知ることが出来ていなくて。
聞くことなんて出来るわけない、かといって、それまでの密室で行われてきたことを、千夏以外の誰かが知っているわけもない。
聞けない、知らない、わからない、だから、助けてあげられない。
どんな苦しみを味わって、どんな痛みに耐えてきたのか。
俺には、想像することしかできなかった。
きっと、その想像も、追い付かないほどなのだろうけど。
「……ん、」
ぎゅ、と握られる、小さな手。
眠るときはいつもそう。
頭を撫でてやると、少しだけ、眉間に寄った皺が和らぐ。
千夏は、夜が苦手。
暗いとこらが苦手。
怒声や、痛いことも。
振り上げられる手も。
料理のための火も。
無害な鋏の存在さえ。
「……ちな、」
俺は、何も知らない。
何も、わかってあげられない。
どうやって、千夏が生きてきたのか。
「ゆ、じ」
「あ……ごめんね、起こした」
「んん、おきた、」
すり、とすりよってくる。
「いかな、で」
どこにも行くわけ、ないのに。
今までの千夏を知らなくても。
これからの千夏と、生きていける。
それだけで、嬉しい。
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