4
 

「ありがとうございました。宜しくお願いいたします」



男は終始丁寧な様子で、学校から出て行った。
帰り際に一瞬だけ、目があった。
やはり鋭さは消えていなかった。



「思ったよりも、佐倉は入りこんでるな」



廊下に出て男を見送って、穂積がぽつりと呟いた。



「入りこんでる?」
「あの男、佐倉の親のことを一言も話題に出さなかった。普通、体調を崩したとなると迎えに来るのは親だ。それを言わずに買って出たところを見ると、あいつは佐倉の家庭環境を知っているんだろう」
「………」
「佐倉が怯えている様子もなかった。あの痕を残されておいて……つまり、佐倉も望んでいることであったか、もしくは、」



―――ストックホルム症候群。

被害者と加害者が一緒にいることで、被害者が加害者に対して依存的な好意を持つこと。



「どちらにしろ、まずは佐倉の体調を戻すのが先だ」
「……俺、帰るわ」
「………」
「何かわかんねぇけど、俺の顔、見たくないみてぇだし」



何より、あんな姿を見せられた後で、平静でいられる自信がなかった。



傍にいたいと言った。
一人にしないでと言ってくれた。

泣きじゃくる佐倉を抱き締めて、隣にいたいと思った。



結局は、必要とされなかった。
佐倉は俺よりも『雪村』を選んだ。
それだけのことだった。

あのとき求められた手は、握ったつもりで、離れていった。
佐倉が欲しかったものを、俺は与えられなかった。

だから、もう「要らない」のだろう。
佐倉は俺を裏切ったと思って、怯えているのかもしれない。
憎しみも、復讐心もなかった。

ただ、笑ってくれれば良かった。
そうさせられるのが、自分じゃないのが、一番つらかった。



平凡な登下校が、佐倉の部屋でだらだらと過ごしたあの日が、一緒に授業をさぼって屋上で昼寝をしたことが、今はひどく、懐かしかった。



前へ top 次へ

 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -