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「親?」



乾はきょとんとして反芻した。

乾は僕が母子家庭で、母と疎遠であるということは知らない。
それを、現在の家に帰らない理由に使った。

学校からちょっと離れているところに住んでいて、今は一人暮らしをしていたが、母の具合が悪くて実家から通うことになった―――。
我ながら完璧な嘘だと思った。



「……ま、そういうことなら、しゃーねぇな」



頭をがしがし掻きながら、乾は納得した。

乾に嘘を吐く必要はなかった。
雪村さんのことを言っても良かった。
別に付き合っているわけではないから、いちいち家に帰らない理由を言わなくたってよかった。

でも、もう、関わるべきではないと思った。
乾を正しい道に戻すのは、今しかないと思った。



僕のことを好きだと言ってくれた。
僕は応えられなかったけれど、何も言わなくて良いと言ってくれた。
その優しさに、僕は甘えていた。

雪村さんが思い出させてくれた夜の匂いは、僕に過去を思い出させた。
何もいらないと考えていた時期を思い出した。

大切なものは、作れば後々辛くなる。
誰にも頼らず、必要とせず、知られないうちに、ひっそりと死にたかった。
一人で生きていくと決めた。



乾は、僕に必要がなかった。
ただ優しさに、頭が痺れていただけだった。



(好かれるような、人間じゃないよ)



少しだけ寂しそうな顔をする乾を見て思う。

早く、僕を忘れて。



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