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雪村さんは特別に何か強いることはしなかった。
甘い痺れは変わらず、優しい笑顔と言葉を与えられた。



「学校はきちんと行かなくちゃね。ここからも十分通える距離だし。今度、必要なものは取りに行って、足りないものは買いに行こう」



まるで新婚を楽しむ夫のように、雪村さんはひどく嬉しそうに言った。
マンションの一室である雪村さんの家では、両足の拘束をするように命じられた。
外せるのは鍵を持っている雪村さんのみで、学校に行くときだけは外される。
同じマンションにオフィスを構える雪村さんには、僕が学校から帰宅したらすぐに拘束しなおすことも容易い。
犯罪まがいのことをされているのは、僕が通報すると、売りをしていた自分自身の首を絞めることとわかってのことだろう。



「ずっと、一緒だからね」



優しく抱き締められては、額にキスをされる。

ひどく甘い声音は久しぶりで、段々頭に霞がかかってくる。
この空気に身を委ねるのも悪くはないなとも思う。

悪いのは自分だとわかっていた。
雪村さんの気持ちを利用して、自分の復讐と満足のために、カモにした。
踏みにじるそうなそれは、謝っても許されるようなものではなかった。



(もう、どうでもいい)



どちらにしろ、生きる理由なんてちっぽけなものだった。
どこかで生きている、僕の存在を恨む母への当てつけのように、『死んでやらない』だけ。
だったらこうやって、ぬるま湯に浸かるように生きていくのも悪くないとも思った。

生きる理由を思い出した気がした。
少し前の自分に戻っただけだった。
自分の身体なんてどうでもよくて、売りをしていた頃の自分に。



「携帯、俺以外の登録は消すから」



勝手に使われる携帯を横目に見て、僕は目を瞑った。
どうにでもなれ、と思った。



売りをやめてからのことを思い出す。
眩しいような学校の空気の中に、自分はいつの間にか溶け込んでいた。
学生らしい生活は楽しくなかったと言えば嘘になるけれど、自分のあるべき生き方を思い出して、記憶を塞ぐ。

甘え過ぎていた自分に気づいて、舌打ちをする。
完全に乾に気を許してしまっていた。
乾は今日も、僕の部屋で帰りを待っているのだろうか。



(お前が思っているほど、僕は綺麗な人間じゃない)



事情も何も知らずに懐いてきたあの笑顔を思い出して、小さくため息を吐いた。



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