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「なんか、苛ついてねぇ?」
「………別に」
ならいいけど、と敦は素っ気なく言って空を仰いだ。
俺はなんとなく、手にしていた煙草をくしゃりと潰した。
「……やっぱり、苛ついてんじゃん。なんかあった?」
「………や、」
自分が何かに苛立っているのは、わかっていた。
その何かも、わかっていた。
あの夜見た、佐倉の姿。
けれど、それが何故自分の神経を逆撫でするのかわからなかった。
ただむしゃくしゃして、やるせなくなる。
あのときの表情が、ずっと忘れられなかった。
「……俺、帰るわ」
敦はいつもの様に止めなかった。
晴れた気持ちのいい屋上で、こんな気分になるなんて思ってもみなかった。
なんかあったら連絡しろよ、という敦の声を背中に受けて、その場を立ち去った。
(……で、だ)
教室から鞄を持ってきて、昇降口に向かっているところだった。
途中でチャイムが鳴り、昼休みが終わって授業が始まった事を知らされる。
しんと静まり返った廊下を歩いているとき、その苛々の原因と、出会って、しまった。
(なんで、んなとこいんだよ……)
教師にとやかく言われないように、職員室から離れた空き教室が連なる廊下を歩いていた。
目の前に、佐倉が同じ方向に向かって歩いているのが見えた。
後ろ姿であれど、わかる。
(……はやく、行かねーかな)
佐倉の歩みは遅かった。
追い付くのも気づかれるのも嫌で、一定の距離を置いてゆっくり歩くはめになった。
早く進まないか、さもなくば遠回りしても違うルートを行くか、と考えたときだった。
「あ」
ふら、と佐倉の身体が揺らいだ。
壁にとん、と肩がついて、足が止まる。
そのままずるずると、力が抜けたように座り込んでしまった。
(え、なんだ、今の……っていうか……!)
気付いたら、駆け寄っていた。
「ちょ、へーき?」
「っ……はぁっ、はっ……」
表情は案の定、長い前髪で見えなかったが、漏れる吐息は苦しそうなものだった。
胸元をぎゅうっ、と握りしめて、床に片手をついていた。
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