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「……さくらだ」
「桜ぁ?花見でもしてーの?」
放課後は、ぶらぶらと街で遊ぶのが常だった。
夜まで遊んで、寮に帰る。
そして今日も、同じ毎日を繰り返していた。
辺りはもう真っ暗になっていて、店の明かりが眩しい。
腹ごしらえも済んで、寮に帰る途中、俺はふと閃いた。
「や、花見じゃねーよ」
窓際の、クラスメイト。
たしか佐倉という名前だった。
それを唐突に思い出しただけだった。
……だから何、という話なのだけれど。
「クラスにさ、いるじゃん?」
「さくら?」
「窓際の、一番後ろの席の」
「……あー"佐倉"ね」
淳も名前くらいは知っていたらしく、閃いたような顔をしていた。
「あいつ、暗いよなー。顔隠してるしさ、男の癖に髪長いし」
「俺も今日初めて喋ったわ」
「まじ?会話することあんの?」
「や、会話ってより、ちょっと喋っただけだけどな」
本当に、ちょっとだけだった。
一言二言の、会話。
でも、どうしてこんなに印象的なんだろう。
「……あ、あそこいるのって」
淳が俺の腕をひいて、建物の影に隠れた。
「なんだよ?」
「噂の、佐倉じゃね」
淳が指差す先は、いわゆるホテル街。
ネオンがきらめき、いかがわしい雰囲気の流れるそこにいたのは、見覚えのある姿だった。
平均よりは小柄な姿は、もう一人、スーツ姿の男に肩を抱かれていた。
男が完全にリードするように、ぐっと身体をひかれ、ホテルのひとつに入っていく。
「……え、な、今の」
「うっわ、佐倉やることやってんじゃん」
面白おかしそうに、淳は爆笑している。
「ま、好かれそうな体系してるよな。顔は見たことねーけど、雰囲気純情そうだし」
「え、佐倉って、」
「売り、やってるってことだろ」
ホテルに入る瞬間、ちらりと見えた横顔は、無機質なものだった。
佐倉が何を思ってそんなことをして、何のためにしているのか、全くわからなかった。
ただなんとなく、がつんと頭を殴られたような感じがした。
あの、なにもかも諦めたような表情が、忘れられなかった。
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