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それは、なんてことない。
ただの気まぐれだった。
昼休みの喧騒に身を委ねていると、次の授業まであと十分を切った。
時間割で行くと数学にあたり、俺は迷うことなく席を立つ。
「龍平さぼり?」
「もち」
紙パックのジュースを片手に、淳がにやにやと話しかけてきた。
「まじかー俺単位やばいから出なきゃだわ」
「ばか、計画的に授業出とかねぇからだろー」
「うっせ!」
数学の授業日数は、足りているはず。
苦い顔をした淳にひらひらと手を振って、教室の後ろへと歩いて行っていたときだった。
「あ、」
そう、なんてこと、なかった。
ただ、これだけだった。
一番後ろの、窓側。
静かに座って本を読んでいるクラスメイトに、ふと目がいった。
開けられた窓からは、春特有の穏やかな風が吹き付けていた。
ふわり、と花の香りがした。
俯いたクラスメイトの黒髪に、ピンクの花びらが、ひらりと舞い落ちた。
「っ……!」
俺が無意識にそれに手を伸ばしたのも、クラスメイトがびくりと顔をあげたのも、同時だった。
「な、んですか」
こんなやついたんだ、と失礼ながら素直に思った。
影が薄い、というよりも、大人しくて目立たない。
けれど、きっと初めてだろう、 合った目は驚くほど大きい。
ほとんど外になんかでたことないんじゃないかってくらい、白い肌をしていた。
「あ、花、ついてたから」
「え……」
ほら、と取って見せてやる。
「あ……ほんとだ……」
小さな声で、そいつは言った。
自分でいっちゃなんだけど、俺みたいにチャラチャラしたやつに話しかけられたら、びびるだろう。
しかも、初めてだし。
俺とは正反対な、優等生くんってとこか。
「……ありがとう、」
そいつは俺の手から花びらをとって、窓の外へと、落とした。
桜の木が、満開だった。
風にのって落ちる花びらを見るそいつは、ひどく、綺麗な顔をしていた。
伏せた目は、どこか、冷えていた。
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