9
寮に戻ろうとしたときだった。
「……!」
一角にある、広場。
噴水やらベンチがあるここは、よく待ち合わせに使われたりする。
そこに、ベンチの一つに、
(佐倉、)
一人、座る佐倉がいた。
話しかけるべきか考えていると、佐倉がぱっと立ち上がった。
近づいてくるのは、まだ若い感じの、スーツ姿の男。
男が何かを話すと、佐倉はにこりと笑った。
作り笑いのような、それだった。
皮肉にも、嘲笑にも見えるそれは、目の前の男には魅力的なものにしか見えないだろう。
その証拠に、男は佐倉の細い肩に手を伸ばした。
「なっ……」
驚いた声をあげたのは佐倉で、同じく俺も、驚いていた。
ほぼ無意識に、反射的に身体が動いてしまっていた。
気づいたら俺は佐倉に触れようとした男の手をつかんでいたのだ。
「な、なんだ、お前は」
男は金髪でピアスもたくさんあけて、制服も着崩した俺に、喧嘩慣れしたオーラでも感じたのだろう。
やや声を震わせながら、俺を見上げてきた。
「……汚ぇ手で触んじゃねぇ」
そんな言葉がどこから出てきたのか、俺にもわからない。
どうして佐倉の腕を引いて、その場から立ち去ったのもわからない。
少し離れたところでようやく、佐倉が俺を呼ぶ声が耳に入った。
「……ん、……乾君っ」
「……あ……」
「手、痛い……」
「あ、悪い」
ぱっ、と手を離すと、佐倉は俺から距離を置き、きっと睨み付けてきた。
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