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「ん?」
左にいる佐倉の方を見て、気付いた。
佐倉の右手が、ベンチについた俺の左手に触れようとして、躊躇っていた。
意地悪をするように、俺は指先を伸ばす。
つん、と突くとびくりと逃げようとするから、笑って指先を絡めた。
「乾、くん、あの、」
「ん、何?」
「あの、ね」
一生懸命に佐倉が話そうとするから、俺は、うん、と頷いて言葉を待つ。
無気力でどこか投げやりだった佐倉が、必死に何かを伝えようとしていた。
「待つ、って、言った」
「……言ったな」
俺が初めて佐倉に好きだと言った日、答えは待たなかった。
待つから、何も言わないで良いと言った。
次に好きだと言った日、俺は答えを急かした。
ちゃんと言えよ、と気付いたら叫んでいた。
それらに応えたことは、佐倉はまだ一度もなかった。
「乾君、」
凛、と力強い声がした。
思わず佐倉の方を見ると、強い目が俺を射ぬいていた。
綺麗だ、と思った。
桜が咲いていた、あの季節のことを思い出していた。
綺麗な横顔に見えたのは、何もかも諦めたような冷めた目だった。
長い睫毛に縁取られた大きな目は、今は確かに俺を、強い意志で貫いていた。
気付いたら、顔を寄せていた。
引き寄せた佐倉の後頭部に、髪の流れを感じた。
佐倉は抵抗することもなく、身体を寄せた。
強い目に、引き寄せられた。
寸でのところで我に返り、動きを止めた。
佐倉の息使いさえ聞こえるその至近距離で、俺たちは目を合わせた。
そっと、長い睫毛が閉じられた。
ふわ、と佐倉の匂いがした。
病院独特の消毒の匂いと、夏の初めの匂いと、佐倉の匂いがした。
初めて、佐倉から俺に唇を寄せた。
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