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外に行きたい、と突然佐倉が言った。
もう春の季節は終わろうとしていた。
じわじわと夏の暑さが近付く、梅雨も間近の季節。
ただ、その日はカラッと晴れていたから。
「大丈夫か?」
医者に許可を取り、佐倉を車椅子に乗せた。
病院の中庭は緑と花で明るく、日当たりが良くて暖かかった。
「そこ、」
「ん?座る?」
肩にカーディガンをかけた佐倉がベンチを指さした。
足と脇の下に腕をいれ、車椅子から移動させる。
前より、少しだけ重くなったような気がする。
けれど、背中の浮いた骨は相変わらずだった。
俺も隣に腰を下ろした。
暖かい日差しは、眠気を誘うようなそれだった。
内心は、穏やかではなかった。
佐倉が入院するようになってから、自分の意思を伝えて行動することは初めてだった。
それに動揺していないわけではなかった。
「寒くねぇ?」
ふるふる、と佐倉は首を横に振った。
ただ単に外の空気を吸いたかっただけかもしれない。
佐倉は顔をあげ、空を見上げるようにしてから、すぅ、と息を吸った。
目を瞑ったその姿は、まるで日光浴をしている猫のようだった。
心地いい無言だけが続いていた。
それを壊したのは、佐倉だった。
「いぬ、い、くん」
声は、微かに震えていた。
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