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「いや、何であいつ、俺に任せて帰ってんの……」



独り言のようにぼやきながら、乾は帰ってしまった穂積先生が座っていた椅子に腰を下ろした。
穂積先生は乾の姿を確認すると、あからさまにほっとした様子で、俺は仕事があるから!と足早に帰ってしまったのだ。



「えーと」



頭をがしがしと掻きながら、はらはらと涙を流す僕をちらりと見る。
苦虫を噛み潰したような顔をして、指でそっと拭ってくれた。



「大丈夫かよ?」
「だい、じょぶ、です」



ほら、やっぱり、愛されてる。
乾は僕に手を伸ばして、空をかいて、下ろした。

『もう少し時間が欲しい』と言ってから、乾は必要以上に僕に触れなくなった。
何度かしたキスだって、しなくなった。
それを寂しいと思う、僕がいた。

少しだけ身体を乾に近付けると、ぴく、と驚いていた。



「……抱き締めて、いい?」
「……ん」



大きな手が僕の背中に回る。
片手は、僕の後頭部に添えられていた。
ゆっくり引き寄せられて、広い胸に、顔が埋まった。

強いそれではなかった。
優しかった。
くん、と乾の匂いがした。

また、泣きそうになった。



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