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side.千夏
「………っう、…あ」
ずる、っと音がした。
うしろから、ごしゅじんさまがいなくなった。
「………気持ち良かっただろう?」
そう、言われる。
ぼくはなにも言えないまま、肩をふるわせていた。
うまく、息ができない。
しんでしまうかもしれない。
汗やいろんなもので、からだが汚ない。
気持ちわるいんだ。
ぼくはもう、しんでもいい。
「………」
そう、しんでも。
部屋から、ごしゅじんさまは出ていった。
しずかになって、ただひとり、泣いていた。
このまま、とけてしんじゃえばいいと思った。
なのに、
だから、?
「失礼します」
ドアがまた開いて、耳にとどいた、その声。
ぼくは、さいごに聴きたいと思ってしまった。
「……千夏様、」
やさしい、やさしい。
やわらかい、声。
ぼくの名前をよんでくれる。
ぼくを目にうつしてくれる。
唯一の、ひとだった。
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