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「あ、やっぱり。館林じゃん」
「あ……」
樹の帰りを待っていた、教室でのことだった。
放課後、教室は俺一人でしんと静まり返っていた。
向こうのグラウンドを駆け回るサッカー部やら陸上部やらを、ぼんやり見ていた。
「もしかして、客待ち?」
俺が売りをやっていたときに、知り合った先輩。
教室に入り込んで、机の上に座っていた俺に近付いた。
「や、そんなんじゃ、ないんです」
「そうなの?じゃあさ、これからどう?」
「あ……」
樹と関わりはじめてから、俺はもう、売りなんてやってない。
自己犠牲に走るのはやめたんだ。
自分を大切だって言ってくれる人がいるから。
「え、だって空いてんでしょ」
「だから、」
詰め寄る先輩の肩の向こう、廊下から足音がした。
開いた扉から、樹が見えて、
目が、あって、
「はる、」
「俺ら、身体の相性良かったじゃん?」
空気が凍りついた。
樹の目が大きく見開かれるのがわかって、俺は先輩の身体をどんっと押した。
よろめいた隙に、鞄を抱えて走った。
固まっている、樹の脇をすり抜けて。
「っおい!」
背後からかけられた声は、樹のものじゃなかった。
足は、止まらなかった。
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