葬儀は疾うに終わったよ


※くりからの扱いが悪い


審神者の大好物は、燭台切が知るだけでも六つある。
ローストビーフ、鮎の塩焼き、じゃがいものポタージュ、城下町にある駄菓子屋・みつばち屋のべっこう飴、燭台切特製ドレッシングのカルパッチョ(鯛であれば尚良し)、歌仙の作るおはぎ。
その中でも比較的短時間で用意出来た、みつばち屋のべっこう飴とカルパッチョ、それと審神者の好きなコーヒーを膳にのせ、この組み合わせはないなと顔を顰めつつ、燭台切は審神者のいる離れへ心持ち駆け足で向かっていた。

なにせ、審神者がフラれたのだ。
それも燭台切の同郷である男――刀に、フラれたのだ。
気遣いの鬼であり、かつ面倒見も良い燭台切が、彼女の慰めに全力を出すのも、当然であった。


事が起きたのは三時間ほど前。その場に燭台切はおらず、燭台切が事情を聞いたのはそれから二時間ほどが経過してからだった。
その場にいたのは当事者である審神者と、大倶利伽羅。そしてうっかり出会してしまい逃げるに逃げられなくなった短刀と脇差。計一人と三振である。
審神者と大倶利伽羅は、庭に散らばった落ち葉の片付けをしていた。この落ち葉を使って焼き芋をしてもいいかもね、そういえば城下町で美味しそうなサツマイモ売ってたなあ、なんて会話を、ほとんど一方的に審神者がしていて、大倶利伽羅は時折相槌を打つのみ。
そして一時の空白が流れたのち、「ところで、私、大倶利伽羅のこと、好きなんだけど……」と、ついでのように審神者が告げた。
辺りに沈黙が落ちる。審神者も大倶利伽羅も手を止め、ついでに場を離れるタイミングを逸した短刀と脇差は呼吸までも止めていた。全身全霊を持って気配を消していた。
誰よりも先に動いたのは大倶利伽羅で、あと少し残っていた落ち葉を掃き終え、審神者に背を向ける。それだけで結果がわかってしまったんだろう、審神者が目を伏せた。

「俺はお人形遊びに付き合うために、励起されたわけじゃない」

背中を向けたまま、大倶利伽羅は半ば吐き捨てるように呟く。そうしてそのまま、弾かれるように顔を上げた審神者に振り向くことなく、箒を手に去っていった。
残された審神者は呆然としていた。小さく小さく、「……え?」と言葉にならない音を漏らして、大倶利伽羅の去っていった方向を見つめていた。
しばらくそのまま呆然とし、ああ、だとか、そっか、だとかを数秒おきに呟いて、膝を抱える。顔を俯かせる。数分経って震え始めた背中に、とうとう息を潜めていた短刀と脇差が飛び出した。

その一時間後には本丸の半分ほどに事態が伝えられ、大倶利伽羅は重傷の身で手入れ部屋に投げ入れられ、審神者は初期刀と件の短刀脇差と共に、離れへしまわれる。
そこから更に一時間後には全員が事態を把握し、燭台切は慰めのための準備を始めた、というわけである。ついでにローストビーフの下拵えも済ませた。


そうして燭台切が離れに辿り着いたとき、きっと布団をかぶって嗚咽を漏らしているんだろうと思っていた審神者は、あっけらかんとかりんとうをかじっていた。
「あれっ、なにそれもしかしてカルパッチョ? ヒューウ美味しそう! あっやったべっこう飴もあるじゃん! それみつばち屋のでしょ? やっりぃ! ていうかすごい組み合わせだね!?」と常通りのテンションで燭台切を迎え入れる。あれえ? と燭台切が首を傾げ、初期刀たちを見やるのも致し方ない。
主のテンションと比べ、初期刀・短刀・脇差の表情は地獄で釜ゆでされている罪人のようだった。後悔と苦痛と憤怒その他諸々が綯い交ぜになった顔。燭台切の疑問は増すばかりである。

「え……っと、主……?」
「なに? これ食べていいの? めちゃくちゃ微妙な時間だけど」
「あ、ああ、うん。もちろん。今日は特別……」
「やった! フラれた甲斐もあるってもんですわ。いただきまーす」
「……え、えぇえ……? ど、どうぞ……?」

わーいと笑顔で箸を手にする審神者。困惑を露わにする燭台切。オロオロとしていれば、初期刀がちょいちょいと彼を手招いた。初期刀と脇差が立ち上がり、審神者の座る居間から執務室へと身体を向ける。短刀はこの場に残るようだ。
どうやら審神者の状態を説明してもらえるらしいので、燭台切は「ゆっくり味わってね」とだけ審神者に言い残し、二振と共に執務室へ向かう。

「大倶利伽羅は、主を殺した」

執務室で初期刀・脇差と向き合えば、初期刀は重苦しいため息交じりに、そう告げた。
審神者が隣でカルパッチョをむさぼっている現状を考える限り、彼の言う「殺した」は審神者の身についての話ではない。もちろん魂の話でもない。
ということは、つまり。

「主の心を……ってこと?」
「正確に言うなら、恋心、ってとこかなあ」
「なんであれ、主を殺したことに変わりはない。重傷程度では生ぬるい。やはり僕直々にその首をはねてやるべきだった」

初期刀――歌仙兼定、脇差――浦島虎徹。各々は苦々しげな顔を隠すことなく、なんなら歌仙に至ってはらしからぬ舌打ちまでしてしまっている。
主の、恋心。燭台切が知り得ているのは『大倶利伽羅が審神者を手酷くフった』ということのみである。
馴れ合わないと公言する大倶利伽羅だが、性根は良い刀剣である。分かりづらいが、優しいところもある。ただ言葉足らずなところは大いにあるので、そういったところで審神者を傷付けてしまったんだろう、と燭台切は考えていた。
ところがどうにも、実際は違うらしい。

「大倶利伽羅さんはね、主の告白に、お人形遊びに付き合うために励起されたんじゃない、って答えたんだ」

現実は燭台切が考えるよりも、もっとずっと、根深い闇を抱えていた。

「それは……いくらなんでも」
「刀剣男士として励起されてから長いが、僕は絶句、というものを初めて味わったよ。……主の想いに応えられないのなら仕方ない。僕たちにだって心というものがあるからね。だとしても、だ。元を正せば、僕たちは物だ。人の想いから生まれ、扱われ、保存されて、だからこそ今の僕たちが在る。そんな僕たち、物、が、人の子の想いを受け止めずしてどうする。人の想いを無いものとして、あんな言葉で彼女の気持ちを蔑ろにした。――結果が、これだ」

防げなかった、守れなかったことを悔いているんだろう。歌仙に責任はないが、初期刀である歌仙にとって、最初からずっと側にいる審神者は、主でありながら友であり、娘や妹のようでもある。
その審神者の、一部とはいえ心が死んだ。仲間が死なせた、とあれば、歌仙が悔いるのもやむを得ない。唇を強く噛み締める様子が、やり場のない怒りを表している。

「主さんも、最初は泣きそうな顔してたんだよ。泣きそうな顔だったから、俺たちが離れに連れてったんだ。主の泣き顔を全員に晒すわけにはいかないから。……でも、泣かなかった。しばらく泣きそうな顔のままずっと黙り込んでて、黙り込んでたのに……っ、気付いたら、もうああなってた。いつも通りの主さんだよ。大倶利伽羅さんのこと好きだったなんて、フラれたなんて他人事みたいに、まるで友だちの話みたいに、どうでもよさそうに話してたんだ。さっきの今だよ? なのに、あんな……っ、俺、ずっと、そばにいたのに」

浦島の話を聞いて、燭台切は納得する。
だからこそ、審神者の恋心は死んだのだ。大倶利伽羅に殺されたと彼らは言ったけど、大倶利伽羅は引導を渡したという立場であって、実際に殺したのは審神者自身と言える。
審神者は大倶利伽羅に、想いを受け止めることすらしてもらえなかった。自分の気持ちを無いものとされただけでなく、お人形遊びとまで言われてしまった。おそらく彼女の心がその事実に耐えきれず、『大倶利伽羅を好いていた』という気持ちごと、起きてしまった出来事を記憶から消したのだ。……否、覚えてはいるようだから、感情だけを消したというべきか。
皮肉にも、大倶利伽羅が無いものとした想いは、実際に無いものとなった。
そりゃ重傷にもされるよね、と燭台切は思う。むしろ歌仙や長谷部、その場にいた短刀――信濃、に限らず極となった刀剣たちが、よく折らずに済ませたものだ。
大倶利伽羅も極になっていればまた違ったのだろうかと一瞬だけ考えたが、考えても意味のないことだ。全てはもう起きてしまったのだから。

審神者の恋心は、死んでしまった。
残ったのは、心底から嬉しそうに、べっこう飴を口の中で転がす審神者。そして深呼吸を繰り返すことで、自らを落ち着けようと努力する刀剣たち。
割れて砕けて、誰が止める間もなく捨てられた恋心の行方は、誰も知らない。
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