金眼のお猫様


うちの大倶利伽羅は、なんだかよくわからない子だと思う。

我が本丸は週ごとに近侍を入れ替える。全員の顔をちゃんと見る機会を設けるためだ。
今週の近侍は、大倶利伽羅だった。

近侍の仕事にもいくつかあるが、今日は書類整理の手伝い、ってとこだろうか。今月の任務をどれだけこなしたか、その結果はどうかを政府に報告するための書類提出日が明日だった。もうほとんどまとめ終えているが、もう少し、確認と書類作成が必要である。面倒なことこの上ないが、これも仕事だ。仕方がない。
報告によって私の給料も上下する。真面目に書類を作るのもそのためだ。

さて。パソコンに向かって作業をする私の後ろで、大倶利伽羅は何をしているか。先まではまとめの手伝いをしていたのだが、それももう終わってしまった。
私は一人で作業をする方が捗るタイプだから、「あとは好きにしていいよ」と言外に退室を促したのだけど、大倶利伽羅は執務室に残っている。座布団に胡座を掻いて座る私の腰に、褐色の両腕を回して。

……何がしたいんだろう、この子は。

本来大倶利伽羅は、あまり接触を好むタイプではないはずだ。スキンシップなら、同じ伊達の刀でも光忠や鶴丸の方がよほどしてくる。大倶利伽羅自身、初めて会った頃には「馴れ合いは光忠や貞宗とやってくれ」と言っていたものである。「俺はあいつらとは違う」と。
それがこれとは、一体どういうことだろう。思いっきり馴れ合っている。

「あのさ、大倶利伽羅」
「……何だ」
「暑くないの」

もうすぐ夏に入ろうとしている本丸は、汗をかくほどではないにしろ些か暑い。
大倶利伽羅の腕が腰に回り、肩に彼の顎が載せられているような状況の今、少なくとも私は暑かった。はね除けるほどではないけれど、暑いものは暑い。

「暑くない」
「……そう」

しかし、どうやら大倶利伽羅は暑くないらしい。刀剣男士はあまり暑さを感じないのだろうか。いや、昼食をとった時に鯰尾や大和守が「今日暑くないですかあ」「これからもっと暑くなるとか勘弁して……」と衣服を緩めていた。やっぱり刀剣男士といえど、暑いもんは暑いんだろう。大倶利伽羅は特別なのか。
彼が喋るたびに、私の髪の毛が揺れてくすぐったい。腰に回された腕も気になる。暑いとか以前に、普通にこの体勢が気になって仕方がなかった。
大倶利伽羅は、本当に何がしたいんだ。

「ねえ、大倶利伽羅」
「俺に構うな」
「えええ……」

予想外の反応に、思わずなんとも言えない声が漏れる。
構うなって、えええ……めちゃくちゃ構われようとしているようにしか見えないんだけど……ええ……わかんない……。

「君が私に構うのはいいの……?」
「……ああ」
「へ、へえ……」

いよいよもって訳が分からぬ。

数秒ぐっと目を閉じて、今までの大倶利伽羅との付き合いを振り返ってみた。比べる対象がいないから何とも言えないが、普通……だったはずだ。大倶利伽羅は一人でいたがる質だったし、私もそれは理解できるので尊重してきたつもりである。
というか、好きにさせていた。一人でいたいならいればいいし、誰かと話したいなら話せばいいし、用事があったら呼ぶ、無ければ関わらない。うん、普通に接していたはずだ。

なのに、どうしてこうなった。
姿勢を変えることなく私の腰にまとわりつく大倶利伽羅は無言で、時折呼吸の音だけが聞こえてくる。密着した腕が特別熱いというわけでもないし、どうやら彼はとてもリラックスしているようだった。
……いやもう、本当にわからない。
わからないので、放っておくことにした。正直邪魔だなとは思うが、まあ、それだけなのだ。別に鶴丸みたく驚かしてくるわけでもなく、光忠みたくちょっかいかけてくるわけでもない。
ただそこに居るだけの大倶利伽羅は、邪魔ではあれどうざったくはなかった。いや鶴丸や光忠がうざいってわけではないんだけど。

なんだかよくわからない大倶利伽羅のことは意識の隅に追いやって、書類整理を再開する。腕は腰に回されているだけだから、作業妨害にはならない。
そのまま黙々と作業を続けて、ふとパソコンに表示された時計を見れば、もうおやつ時をとっくに過ぎていた。いつもなら光忠か薬研辺りがおやつを持ってきてくれるのだけれど、今日は無しなんだろうか。かなしい。
書類もそろそろ終わりが見えてきたし、一旦休憩にするかあ、と眉間をぐにぐに押さえる。ぐっと伸びをしようとして、そのまま左手の拳に何かが当たった。ついでに「痛ッ」って声も聞こえた。

「あ、ごめん。忘れてた」

首を捻れば、こめかみの辺りを押さえた大倶利伽羅の姿。
そういえば腰にまとわりついてたなこの子、と混乱していた頃の自分を思い出す。一度意識の隅に追いやってから集中してしまえば、すっかり存在を忘れていた。

「殴っちゃった? ごめんね、大丈夫?」
「……」

相も変わらず片手は腰に回ったままなのだが、大倶利伽羅は小さく頷いた。別に本気で痛かったわけでもないだろうけれど、驚いたんだろう。彼もおそらく、寝ていなかったにせよぼんやりはしていたはずだ。じゃなきゃ、私の拳くらい避けられるはずである。
微かな溜息を吐いた大倶利伽羅は、再び両腕を私の腰に回す。そうして人心地ついたかのように、ほう、と身体の力を抜いた。左肩に載せられた頭が重たい。

なんとなく左手で大倶利伽羅の頭を撫でてみれば、むすりとした視線を投げられた。どうやら違うらしい。
猫みたいだ、と胸の内でこっそり笑う。俺は好きにするがあんたは勝手なことをするな、といった態度はまさしくお猫様だ。金眼の黒猫、と考えたらえらく可愛かった。撫でまくりたいが、それはどうやらこのお猫様の望むところではないらしいし。
休憩したいんだがなあ、ととりあえず大倶利伽羅を背もたれにするように、私も足を伸ばして身体の力を抜く。私がもたれたところで、大倶利伽羅は微動だにしなかった。さすが刀剣男士。

「今日はおやつ来ないね」
「……いつもは、来るのか」
「私がこっちに篭もってる時はね。光忠か、薬研がだいたい持って来てくれる」
「薬研は遠征中だろう」
「そうだった。光忠は居るはずなんだけどなあ」

半分ほど開いた窓の向こうは、まだまだ綺麗な青空だ。夏が近付くと日も長くなるから、時間感覚が狂う。まだ昼過ぎくらいの気持ちなのに、時間的にはまもなく黄昏時だ。
小腹が空いたと訴える胃を撫でさすり、おやつが来るよう青空に向かって心の中で祈る。
おやつが降ってきますように。出来れば今日はあんみつが良いです。抹茶アイスがのったやつ。

私の祈りが、天ではなく光忠に届いたのか、障子の向こうから声をかけられた。
「主? 遅くなってごめんね。今日のおやつを持ってきたよ」との言葉と共に、障子が開かれる。わーいと顔を綻ばせた私と対照的に、膳を持った光忠は口をあんぐりと開けて固まっていた。目も見開かれていて、格好良さを求める彼らしからぬ素の表情にぶふっと吹き出す。背後で大倶利伽羅も小さく、本当に小さく吹き出していた。珍しい。

「え、な、何……しているの……?」
「休憩」
「いや、え……? 僕の目がおかしくなったんでなければ、大倶利伽羅が主を抱き締めているように見えるんだけど……」
「概ね間違ってないね。今日のおやつ何?」
「あんみつ……抹茶アイス付きの」
「わあい光忠は神様だ!」

まじで祈りは光忠に届いていた。さすが付喪神。
早く早く、と光忠を急かすが、彼は入口付近で固まったまま動かない。さすがにもうアホ面は晒していないけれど、状況をあまり飲み込めないようだった。大丈夫だ、私も理解はしていない。考えるな感じろ。

「大倶利伽羅……何してるの」
「別に、何もしていない」
「いやいやいや、そんな思いっきり主のこと抱き締めておいて、何もしてないってことないでしょ!?主も、嫌なら嫌ってちゃんと言わないと! 女の子なんだから!」
「それよりあんみつ……アイス溶ける……」

どうやら我に返ったらしくお説教モードに入った光忠は、膳を一旦置いて私と大倶利伽羅の元に歩み寄ってくる。いや、膳もこっちに持ってきてほしかった。あんみつが寂しげに私を見つめている気がする。

「……嫌なのか」

僅かに腕の力を抜いた大倶利伽羅が、そうっと私の顔を窺ってくる。あんみつ恋しさのあまりしょんぼりとしていた私を見て、更に腕の力が抜けた。そのまま離れていった腕に、私はとりあえずあんみつを取るため腰をあげる。
光忠にお説教されている大倶利伽羅を余所に、私は無事あんみつをゲットして元の位置に戻った。大倶利伽羅との距離は、さっきとさほど変わっていない。

木匙であんみつを口元に運びながら、いつもより大人しく光忠のお説教を受けている大倶利伽羅を見上げる。珍しいことは再三続くものだ。こんな萎れたような大倶利伽羅も、そうそう見られるもんじゃない。
目を懲らせば垂れ下がった耳と尻尾が見えるような気がしたが、大倶利伽羅に猫耳があまりにも似合わなくて笑った。まだ加州の方がよほど似合う……というか普通に似合うな。今度買うか。

「言っておくけど、されるがままだった主も悪いからね!」

諸々を考えつつ、抹茶アイスおいしー、と至福のおやつタイムを満喫していた私に、光忠の声が飛んでくる。白玉を木匙で掬いながら、きょとんと返答した。

「え、だって別に嫌ではなかったし」
「……は、」
「そういう問題じゃないの!」

光忠はぷりぷりと怒り続ける。あまり怒るのも格好良くないよ、と白玉をはみながら呟けば、彼はうっと言葉に詰まったきり口をへの字にして黙り込んでしまった。
マイルールを遵守するタイプの人間は大変そうだなあと思う。人間じゃないけど。

「……嫌だったんじゃ、ないのか」

呆然としたように問いかけてくるのは、大倶利伽羅だ。
私はもうほとんど溶けかけた抹茶アイスを寒天にからめながら、あっけらかんと答える。

「邪魔ではあったけど」
「……」
「あと暑かったけど、嫌ではなかったよ。意味もわからんかったけど」

マイナスイメージばかりを付属させすぎただろうか、大倶利伽羅はなんとも言い難い表情で私を見上げる。つまり嫌だったのか嫌じゃなかったのか、どっちなんだと問われているような気がした。そこら辺は察しろと思う。
嫌だったら頭突きくらいしている。多分抱き付いてきたのが鶴丸や小狐だったら頭突きしていた。嫌とまではいかないがあの二人はスキンシップの仕方が鬱陶しい。

「……主、もう少し分かり易く言ってあげて」

息を吹き返した光忠が溜息混じりに告げるので、私は抹茶アイスの絡んだ寒天を口に放り込み、もぐもぐごくん、と全てを食べ終えてから、大倶利伽羅の頭をぽんと撫でた。今度は、むすりとした目線を向けられることもなく、大倶利伽羅はじっと私を見つめている。

「大倶利伽羅が抱き付いてくるくらいなら、いつだって歓迎するよ」

邪魔にならない範囲でね、とぽすぽす、彼の頭を撫でる。大倶利伽羅は「……そうか」とだけ頷いて、光忠は肺の中身を全部吐き出すような溜息をついていた。あんみつ美味しかったよ、ごちそうさま。


うちの大倶利伽羅は、よくわからない子だなとやっぱり思う。
その日以来、暇を見つけては腰にまとわりついてくる大倶利伽羅に、遊んでいるのだと思ったのか短刀たちが連なっていって、奇妙な電車ごっこが習慣になってしまったのは――後の話だ。
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