扉越しのスノーホワイト


ちょっと買い物に出て、コンビニの袋と財布片手に家に帰れば、「わっ!」と白い何かに驚かされた。
私はひとり暮らしだし、彼氏もいない。まず彼氏がいたとして合い鍵を渡すようなこともしない。買い物に行く直前まで家にいたのは私一人だったはずだ。なのに、鍵をして出かけた家の中に、人がいる。……多分人、でいいはずだ。一応は。

「……ああ、いやいや、すまんすまん。そんなに驚くとはぶっ!?」

勢いのままに家のドアを閉めてしまった。驚かしてきた白い何かは玄関先に立っていたから、おそらく顔面をぶつけてしまったんだろう。鼻とか折れてないといいけれど。

……私の見間違いでなければ、目の前にいた白い何かは、ゲームのキャラクターのはずだ。それが何をどうして、こんなところにいる。
ひとまずどこに連絡を入れるべきだろうか。警察? 病院? 運営? ……どれにしても、私の頭がおかしいと思われる気しかしない。鬱だ。警察も面倒と言えば面倒だし、どうすればいい。家の中からはどんどんと控えめに、けれど訴えるようにドアを叩く音が聞こえてくる。

「すまん、驚かせたのは謝る! だから扉をあけてくれ!」

ありのままの私は、意味がないと解っていながらも一旦鍵をしめた。すぐに開けられてしまったが。
マンションの廊下に背を付け、ドアには足を付け、扉が開かないよう力を込める。あの白い何かが私の想像通りならすぐに開けられてしまうだろうと思っていたが、手加減をしているのか、扉はじわりと開いては閉じてを繰り返していた。

出かける前に、鶴丸を近侍にしていたのがいけなかったんだろうか。
いや待て、私が白昼夢を見ているという可能性も捨てきれない。とりあえず姿勢はそのままに、ついさっきコンビニで買ってきたアセロラジュースを喉に流し込む。冷たい。美味しい。夢の中でも味ってわかるものなんだろうか。

「頼む、主……俺も何が何やらわからないんだ」

あなたの主になった覚えはない。やっぱりめんどうだが警察を呼ぶべきだろうか。そう思ったところで気が付いた。スマホ、部屋ん中だわ。終わった。

「出陣を終えて、帰還したと思えばここにいた。主の部屋だとはすぐにわかったんだが、肝心の主が居やしない。おそらくすぐに帰ってくるだろうとあたりをつけて、此処で待ってたんだ。頼む、扉を開けて話を聞いてくれないか」

話なら今でも聞いている。そして聞いたところで理解も納得も出来ない。
へえそうなんだすごーい! 困ったね! 帰れないならうちに居ていいよ! なーんて言えるほどお気楽脳でもなく、現実的に言うなら野郎一人を養うような金も無かった。バイトしてない大学生、生活費は親の脛を骨まで囓る勢いで頼りっぱなし、貯金ゼロ。クズ代表学生ニートにそんな余裕は無い。早々に帰って欲しい。私にはこの一週間放置キメてた明日提出のレポートがあるんだ。帰ってくれ。帰れなくとも帰れ。

「突然会ったこともない男が現れれば、主も困るし迷惑だろう、それは解っている。けれど、俺にも帰る方法が解らないんだ。本丸に触れてみても、帰るよう願ってみても、この身体は消えやしない……すまない、主。俺も、君に迷惑をかけたいわけじゃないんだ」

……しかし、そろそろ可哀相になってきた。僅かに開いたドアの隙間から、ぐす、と鼻を啜る音まで聞こえてくる。
あの白い何かが予想通り鶴丸なのだとしたら、こんなしおらしい一面もあったのかと思う。だがそれとこれとは別問題だ。鶴丸のしおらしい面にときめくような精神的余裕もない。

「……私としては、帰ってほしいんですが」

とりあえず意思表示だけをしてみれば、ばんっ! と勢いよくドアが開いた。もう一度言う、ドアが、開いた。
私は廊下の壁に背を付けて足でドアを固定していたのだ。そのドアが勢いよく開いたということは、まあ、つまりそういうことだ。

「ああ、ようやく喋ってくれたな、主! ……主?」

私は廊下の隅にひっくり返って、膝を抱えている。いや落ち込んでる表現の膝を抱えるではなく、物理的に、リアルに膝を抱えていた。いってえ、まじでいてえ。本来曲がっていい角度であったことだけが救いだが、突然の衝撃に膝と股関節が悲鳴をあげていた。ゴリッて変な音がした。

「お、驚きだぜ……」
「私の台詞だぜ……」

頭上からの声に涙混じりで返答する。白い何かは別段慌てた様子もなく、私を抱えて部屋の中へと戻ろうとしていた。姫抱きは勘弁してほしい。お前は小狐丸か。おひめさまだっこはしてほしくないでござる。

「先の言葉は本音だが、安心してくれ! 俺は付喪神だから食事はいらん。睡眠も必要ではない。主が出るなと言うなら外にも出ない。なるべく迷惑にならんようにする、だからどうか、帰ることができるまで俺を此処に置いてはくれないか」
「……その、ここに置くこと自体が、割と迷惑なんですけど」

ワンルームのベッドの上におろされ、白い何かは私の足下で正座をする。

仲が良いわけでもない男と同居って、それどんなえろげ? 私にエロゲヒロインのような胆力はない。乙ゲーヒロインのようなメンタルケア能力もない。お帰り願いたい。

まず他人に化粧してるとこ見られたくないし、風呂上がりに半裸で歩き回れないし、ノーブラで寝ることも出来ないし、寝起きのめちゃくちゃぼっさぼさになった髪や目やにのついた顔を見られたくもない。喪女にだって羞恥心くらいはある。
トイレやお風呂にも気を遣わなくてはならないじゃないか。ていうかオナラもゲップも出来ねえじゃねーか無理だわ! やっぱりお帰りください!

「そう、か……そうだよな……すまん」
「うっ……」

そうしおらしくされてしまうと、罪悪感がじわじわ浮かんでくる。喪女にも良心はある。このままこの白い何かを外に放り出すのは忍びない。
……でもこの白い何かが鶴丸なら、外に放り出されても普通に生きていけそうだ。そのままどこぞのホストでナンバーワンになれそうだ。うん、なれる。確信。

「じゃあ、俺は刀の姿に戻る。せめて刀だけでも置いてくれ」
「銃刀法違反になるのでちょっと無理ですかね」

あんまりしおらしくなかった。
これでどうだ! と言わんばかりの顔に、心なしかげんなりとしつつ即答する。私はまだ警察の厄介にはなりたくない。真っ当な人間でいたい。

「今まで話したことはなかったが、主は存外わがままだなあ」

そろそろ返事すんのめんどくなってきた。早くレポートやりたい。やりたくないレポートに俄然やる気が出てきた。だから白い何かさんにはさっさとお引き取り願いたいです。
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