先見悔い


「君は、僕のことが好き?」

答えは分かっているかのように問いかけられ、私は曖昧に笑う。
片方だけの目が細められて、それはとても優しい表情だった。優しくて、かなしげな表情だった。

燭台切光忠。私が初めて鍛刀した太刀。初期刀の陸奥守に続いて、私を支えてきてくれた大切な仲間だ。
……彼は私を、好いているらしい。男と、女として。
私はその想いを嬉しく感じたし、初な女の子のように頬を赤らめもした。そっと触れてくれた手袋越しの体温が愛しくて、涙が出そうにもなった。

「好きだよ。だけど、誰よりもとは言えない」

下げた視線の先には、絡んだままの指。光忠の指と私の指が交互に並んで、オセロのようだと思った。
審神者となってからは特に、あまり外に出なくなった私の肌は、色の変化をすぐに伝えてしまうほどに白い。紅潮しても、青ざめても、すぐにばれてしまう。

私の言葉を、光忠は静かに受け止めてくれる。いつだってそうだ。彼は私を否定しない。
「それはどうして?」と幼子に言い聞かすよう問いかけられ、私は目を伏せる。
演練で知り合った数々の審神者。審神者のみが使用出来る掲示板での話題。浮かんでくるのは、私よりもきっと、ずっと、彼の刀剣を大切に想っている人たち。

「私は、飽き性だから」

今までも、たくさんの人に恋をした。たくさんの人を好きになって、それと同じ数だけ飽きていった。
私から告白して、あるいは告白されて、恋人となった人もいた。けれどやっぱり、数ヶ月もすれば飽きてしまって別れを告げた。

私は、誰か一人だけを永遠に愛し続ける、なんてことをこなせる気がしない。

それに、燭台切光忠という存在は、この本丸以外にもたくさんいる。多少の差異はあれど、燭台切光忠であることに変わりはない付喪神が、同じ顔かたちをした存在が、たくさんいるんだ。
この本丸の光忠よりも、真っ直ぐで、唯一の愛を与えられた燭台切光忠が。

「私はきっと、光忠にもすぐ飽きる。他にも好きな刀剣だっている。それこそ、光忠と同じくらい好きな子だっている。そんな私が、誰よりも貴方を愛しているだなんて、言えるわけない」

でしょ? と嗤えば、光忠は困ったように自分の首筋を撫でた。
どんな動きも様になる、格好良い神様。そんな彼が私を愛してくれたってだけで飛び上がるほどに嬉しいのに、私は自分の気持ちを信じられないから、受け入れられない。

光忠はいつだって、私を受け入れてくれたのに。
私は今になっても、光忠を受け入れる事ができない。

「僕が君を一番に愛している……じゃ、駄目なのかな」
「一方からだけの気持ちじゃ、恋愛って長続きしないんだよ」

今、私たちが結ばれたとして。いつか、私が光忠に飽きたとして。
……そんなの、誰も幸せになれない。私はいいけど、光忠が幸せになれないのは嫌だ。光忠には、私の刀たちには、みんな笑顔でいてほしい。

「どうしたら、僕だけをずっと、好きでいてくれる?」

首筋を撫でていた光忠の手が、私の頬に移る。恋人同士のような触れあいに口元だけで笑って、頬に触れる手へ視線を向けた。

生身でない体温、というのは、どうしてこんなにも恋しくなるんだろう。もっと触れていたいと思う。直に触れ合いたいと思う。
そう思うだけで、胸が苦しくなる。
私にそれを、求める資格は無いのに。

「わからない。未来の約束は、できないから」

こんな面倒臭い女、早く嫌いになってくれたらいい。そう考えるけれど、光忠に嫌われた未来を想像すれば、また胸が苦しくなった。
もう触れてはくれなくなった人を、受け入れてはくれなくなった人を、私は想い続けるのだろうか。それともやはり、飽きて忘れて、他の人を求めるんだろうか。
他の人を、また、代替品にするのか。……目を伏せて、光忠の掌に頬を擦り寄せる。

「私よりずっと、燭台切光忠を愛してくれる人がいる」
「でもそれは、今此処に居る僕じゃない」
「今ここにいる、私でもない」
「……それでも僕は、君が好きなんだ。君とこれからを、寄り添って生きていたい」

主、と小さな声で囁かれる。甘ったるい低音は、私の心をやわらかく揺さぶった。

先のことは今考えずとも良い。今好き合っているのなら、結ばれればいい。この先、私が彼に飽きてしまったのなら、その時に対策を考えればいい。
光忠と結ばれたい、そう願う胸の内の自分が、ね? と問いかけてくる。そうだねと口の中で呟いて、自嘲気味に口角を上げた。
そう出来たのなら、良かったのだろうけれど。

「私は光忠を一番に想いたい。だけど、それは約束できない。私は、できない約束をしたくないの」
「主は……本当に、頑固だね」
「ごめんね、光忠」

そうっと、布越しの体温から離れる。離れてしまえば余計に恋しくなって、それを誤魔化すように頬を掻いた。まだ残っている温もりを忘れるように、無くすように。

「君は、僕のことが好き?」

二回目の、同じ問い。立ち上がった私の背に、その言葉は刺さるように届いた。

もちろん好きだよ。好きじゃなきゃ、こんな風にあの体温を恋しく思わない。好きじゃなきゃ、こんなに胸が苦しくもならない。
好きじゃなきゃ、自業自得なのに、こんなにも泣きそうになんて、なるはずがない。

「――……、面倒臭い女で、ごめんね」

問いには答えず、歩きだす。
光忠は追ってくることもなく、私はただ、宙に視線を投げながら歩き続けた。

たった一人のかみさまを生涯愛し抜く覚悟なんて、私みたいな人間にできるはずがない。かみさまの愛情を、私みたいな人間が受け入れられるはずがない。
なのに愛してしまうんだから、人間の心というのはなんて面倒臭いんだろう。欠陥品に他ならない、そう心底思う。

私は、たった一人を心から愛せる誰かが、羨ましい。
自分の想いを信じられる誰かの、その気持ちがわからない。

私だけを愛すると誓える光忠の方が、よほど、私より人間らしい。
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