無味無臭の鉄塊 ※ちょいシモ、グレー審神者とブラック審神者 「あんた、知ってる? 刀剣男士って味しないのよ」 「はい?」 久々に演練に出てみれば、割と仲良い部類に入る先輩審神者がいた。ので、挨拶もそこそこにさっさか演練を開始し(刀剣男士を引き離したとも言う)、私と先輩は待機所でだべることにする。 モニターに映るのは、転送も完了し、開始の合図を待つ刀剣男士たち。此方側は切国、薬研、石切丸、鶯、兼さん、浦島。相手方は一期、長谷部、鶴丸、獅子王、太郎、小狐だ。部隊長の切国と一期が挨拶を交わしているのが見える。 さて、つい先程の先輩――通称姉さんの発言である。 「味しない……って、姉さんとうとう食べたんですか? 物理?」 「そんなわけないでしょ。馬鹿じゃないの?」 「ですよねえ」 てことはまあ、つまりそういうことだろう。食べた(意味深)だ。 この姉さん、スタイルも顔立ちも頭の良さも、全てのスペックがトリプルSじゃねえのかってくらいの完璧人間である。が、性格に関してだけはお察し状態だ。はっきり言うなら、まあ、所謂ブラック本丸の審神者なわけで。 私は正直関係ないし、どうでもいいやと気にしてないんだが。間違っちゃいるとは思うけど、人としては割と好きなタイプだし。成績が良いのは事実だし。 ていうか私もグレー本丸だからあんまり人のこと言えねえ。 「気付かなかった? 匂いもしないわよ」 「え、歌仙とか良い匂いしません? 次郎も酒臭いし」 「それはお香やお酒の匂いでしょう。体臭よ」 「あー……そんな近付かないからなあ、気にしたことありませんでしたわ」 でしょうね、と姉さんは鼻で笑う。 夜伽させてる姉さんなら、そりゃまあ確かに味やら匂いやらもわかるだろう。でも私は、そういうことさせてないからなあ。神様とヤるとかさすがにこええっすわ。相手すんなら人間が良い。 しかしあいつら、匂いしないのか。今日帰ったらたぬきとか山伏の辺り嗅いでみよう。 「にしても、味はともかく体臭も無いって、羨ましいやらむかつくやらって感じですね」 「まったくだわ」 人間の私や姉さんは、ていうか世のほとんどの人たちは、汗対策や臭い対策に今でも追われているというのに。いくら技術が発展しようと、人間には人間のにおいがあるもんだ。それを消すことはできない。 これで帰ってから、たぬきや山伏が無臭だと知ってしまったらキレるかもしれない。あいつらどう考えても汗くさそうなのに。想像して、口の中で小さく舌打ちをする。 と、姉さんが遠くを見ながら、ぽつりと呟いた。 「……昔、」 視線を向ける。目は合わない。 「畑仕事が終わった後の燭台切に、「ごめん、汗くさいかも」って言われた事あるのよ。でも臭いどころか、あいつがつけてる香水の匂いしかしないわけ。……喧嘩売られてるのかと思ったわ」 「ああ……だから姉さん、光忠のことあんま好きくないんですね」 「それだけが理由じゃないけれど」 その様子を想像してみたら、たぬきや山伏が無臭なことよりも余程腹が立った。 姉さん本丸の光忠には悪いが、気を遣ったにしても遣い方がよろしくない。確かにそれは、喧嘩売られてるとしか思えんだろう。 「まあ、匂いはともかく、味がしないのはマシね」 「やっぱ飲みやすかったですか」 「比較的、程度かしら」 「へえ……」 何を、とははっきり言わないでおくが、まあナニの話だ。 しかし姉さんから下ネタ振られる日が来るとは思わなかった。それなりに打ち解けてると思っていいんだろうか。だったら嬉しいなあ、その内に切れる縁だろうけど。 「ていうか姉さん、奉仕とかするんですね。エブリデイさせる側かと思ってました」 「偶にはするわよ。一期とか、反応が可愛いわよ?」 「もしうちでンなことしたら、一期泣きそうっすわ……」 「それはそれで可愛いわね」 「うちの一期にまで手ぇ出さんでくださいよ、ウブなんだから」 モニターに視線を向ければ、そろそろ演練も終わりそうな頃だった。姉さんの部隊が一軍なのに対して、うちは三軍だ。やっぱり錬度差があると勝つのは難しいんだろう、既に薬研と石切丸と兼さんの三振りが戦線崩壊している。浦島は金盾つけてただけあって、刀装が剥がれた程度だ。まあ、どっちにしろ負け確だろう。 下手に機嫌損ねるのもめんどいし、このまま相手方が勝ってくれればいい。 「そういえば、三日月来ました?」 とか言いつつ、姉さんの地雷を踏み抜いてくのが私なんだが。 「……まだよ」 あからさまに機嫌が急降下した姉さんに肩を竦め、そうですか、と返す。 初めて会った頃、姉さんはまだブラック本丸なんて呼ばれるような本丸運用はしてなかった。そうなっていたのは、三回目に会った頃だったか……そんくらいだろう。多分、私と二回目に会ったその日か次の日には、ブラック本丸一歩手前になってたんだろうと思う。 理由はよくある、月狂いだ。唯一のレア5、天下五剣の中で最も美しいとされる、三日月宗近。これを欲したが故の変貌。よくある話だ。この世は地獄です。 「今日、姉さんに会うんだったら一軍連れてきたんですけどね。うちの三日月が姉さんに会いたがってましたよ」 「あんたの唾ついた刀なんていらないわよ」 「唾はつけてませんよ」 じろ、と姉さんに睨まれる。おおこわ。両手を挙げて降伏&ごめんなさいのポーズ。 「……私が欲しいのは、私の三日月宗近よ。他人のなんて要らないわ」 「後で三日月に伝えときます。何回もフラれて可哀相になあ、うちの三日月。姉さんドストライクだったらしいから」 「だったら早くうちに来るよう、本霊にでも伝えといて欲しいものね」 姉さんが溜息を吐いたとほぼ同時に、演練終了の合図が鳴る。 此方は四振りが戦線崩壊、二振りが中傷。相手方は一振りが軽傷、一振りが中傷、残りは無傷だ。負けはしても経験値は入るので、問題無し、と。切国は落ち込んでそうだけどな。 「んじゃ迎えに行きますか。姉さん、この後の予定は?」 「ナンパならお断りよ。政府に様子を見せに来ただけだし、すぐ本丸に戻るわ」 「ちぇ。お茶誘おうと思ったのに」 「あんたの相手してるくらいなら、刀剣を出陣させるわよ」 「ですよねえ」 別段気にしてないけれど、とりあえずしょんぼりしておく。私が気にしてないことなんてお見通しなのか、姉さんは呆れたように横目で私を見やってから、待機所を出た。大人しく後に続く。 「そういや味の話に戻りますけど、味がなくても刀剣男士ごとに違いとかってあるんすか?」 「飲み込みやすい、飲み込みにくい程度ならね」 「ふうん……。肉の方も味しないんすかね」 「さあね。なんなら食べてみれば?」 「さすがにカニバの趣味はないっすわー」 どうでもいい話をしてから、戻ってきた刀剣男士を迎える。仮想戦闘空間的なアレの中にいた彼らの傷は、もうすっかりさっぱり消えていた。案の定、切国は落ち込んでいる。ついでに薬研も。 ちらともこっちを見ない姉さんと、無言のままに姉さんの後を追う刀剣男士に手を振って、私も自身の本丸に帰還した。切国と薬研の背中をぽんぽん撫でてやりながら。 帰還後、鍛錬場で手合わせをしていたたぬきと山伏の匂いを嗅いでみた。二振りとも「!?」「!??」って感じになってたけど。 姉さんの言う通り、汗だくのくせして無臭だった。むかついたから即行出陣させた。喜んでた。解せぬ。 まじで人間はこんなにも苦労と努力をしていると言うのに、無味無臭とか羨ましすぎかよ。絶対刀剣男士とキスとかしたくねえ。 そう思いながらぷんすか廊下を歩いていたら、ジャージ姿の光忠とばったり出くわした。首筋に汗が伝っている。そういえば畑当番だったっけ。 「わ、っと。おかえり、主。……あっごめん、もしかしたら僕、汗くさいかも」 「……」 「……主?」 僅かに身を引く光忠からは、特に何の匂いもしない。うちのは香水もつけてないから、無臭だ。強いて言うなら若干、土か草の匂いがする程度だろうか。汗かいてんのに。 ていうかお前もそれ言うのか、さすが同じ刀剣だな。 「光忠刀解」 「エッ何で!?」 刀剣男士は無味無臭。審神者覚えた。 ちなみに翌日、私は刀剣たちに「気遣いだろうと何だろうと自分の匂いについて言及すんの禁止。新しいお香つけてみたんだーくらいなら許す」という何とも言えない命を下すのだが、まあそれはどうでもいいことか。 |