喫煙ガールの鬱憤


ふと思った。なぜあたしは恋をしていないんだろう。
だってこの職場にはこんなに男が溢れてるのに。しかもあたしの周りはイケメンだらけだと言うのに。部下にもいっぱいイケメンいるのに。

何で恋してないんだろう。

「花も恥じらう乙女なのに!」
「花も恥じらう乙女は煙草を吸わねぇよ」

読んでいた少女漫画をばん!とテーブルに叩き付けながら叫んだら、タイミング良く広間に入ってきたスクアーロにつっこまれた。うっさいわ。
煙草を吸っては消し吸っては消ししていたせいで広間は若干白んでいた。煙ぱねえ。

あたしの向かいのソファーにどっかと座り込むこの長髪イケメンことスクアーロ。浮いた噂はこれっぽっちも聞かない。
部下の女の子から「スクアーロ隊長ってホモなんですか?」って泣きそうな顔で訊かれたこともある。
もしかしたらそうかもしれん、ちょっとだけあたしも疑ってる。

吸っていた煙草を、灰や煙草が山積みになっていて見えない灰皿の底をどうにか見つけ出し、ぐりぐりと押しつける。
てんこ盛りな灰皿をテーブルの端に押しのけ、第二の灰皿を召喚しながらスクアーロに問いかけた。

「おかしくない?あたしもう21じゃん、世の女の子は恋愛とか仕事とか学業とかを両立してわいわいしてる頃じゃん」
「仕事はわいわいしてんだろぉ」
「主にベルとフランのせいでね!」

恋がしてえんだよおおお、と唸りながら顔を膝に埋める。
スクアーロから若干どころじゃなく引いている気配を感じるけど気にしない。

「なんかさー!あるじゃーん!職場の先輩や後輩と恋したりさー!仕事先の上司と危険な恋とかさー!」
「おまえザンザスや跳ね馬と恋したいのかぁ?」
「危なっかしさはほどほどにいい!」
「めんどくせぇ…」

新しい煙草に火を付けながら、こんな恋がしたいんだってばー!とさっきまで読んでいた少女漫画を見せる。
興味なさげに、でもぱらぱらとページを捲りだしたスクアーロは、数秒経ってハンッと鼻で笑った。
煙を吐き出して怪訝な表情を向けるあたしに、スクアーロは肩を震わせながら漫画のワンシーンを見せてくる。

「こんな優男、おまえの周りにいるわけねぇだろお」

確かにその少女漫画に出てくる男の子草食系男子ばっかりだけど!

「相手どうこうじゃなくて恋がしてえっつってんだろうが…」
「いきなりキレんなよぉ」

スクアーロが、お前が煙草吸いながらキレてんのザンザスばりに迫力あるんだからやめろよなあ、とぼやく。ボスばりに迫力あるとか照れればいいのか嘆けばいいのかわかんねーよ。


あー恋がしたい。
この業界入ったの後悔してるわけじゃないけど、こんな話してる今も世界のあちこちじゃあたしと同年代の子たちはきゃいのきゃいのしてるんだと思うと、ちょっと切ないもんがある。
好きな相手のことで一喜一憂したり、今日は会えるかなとか考えたり、そういうことをしてるんだろうな。

あたしと言えば仕事内容に憂いたり同僚のことで嘆いたり今日はボスに会いませんようにとか考えたり、そんなんばっかだ。あれ、つらい。

「恋なんざしてもいいことねえぞぉ」
「うわ、出たよオッサンの意見」
「殺されてぇのかおまえは」

まだぱらぱらと捲っていた少女漫画をぺいっとテーブルに投げ捨てて、スクアーロは天井を仰ぐ。
少しの灰が落ちているだけの綺麗な灰皿に煙草を押しつけ火を消して、そんなスクアーロの話を聞こうと身を乗り出した。
他人の恋愛話ほど面白いものはない。特にこんな職場にいる人間のものだと。

「なに、スクアーロなんか失敗談みたいなのあんの」
「あっても話さねえよ」
「そこまで言ったんだから話せよう」
「…そこらの奴らみてえに結ばれると思ったら大間違いってことだぁ」

おお、切ない表情しやがる。

まあこの人ももう三十路超えてんだもんねえ。浮ついた噂は聞かないけどそれなりに恋愛はしてんのよね。多分。
相手が女か男かは今は触れないでいてやろう。

「変なこと考えてねぇだろうな」
「まっさかあ!」

いつの間にか空になっていた煙草の箱をゴミ箱に向かって投げ捨てて、新しい煙草の封を切る。
その中から取り出した1本を口に咥えたところで、ひょいと、それを綺麗な手に奪われた。

「あんま吸い過ぎんなっていつも言ってんだろぉ」

流れで箱まで奪い取られる。
ぽかん、とスクアーロが煙草を箱にしまう動作を眺めながら、呟いた。

「スクアーロの手って、綺麗だね」
「はあ?何言ってんだおまえ」
「んな見下した顔すんなよ褒めたのに」

スクアーロの隣、ソファーの上に置かれた煙草はもうあたしの手では届かない。
まあぶっちゃけ届こうが届かまいがあたしの服のポケットの中にはあと新箱が2つ程しまってあるんだが。ここはスクアーロの言葉と行動におとなしく従ってプチ禁煙でもしてやろう。
もって30分だけど。

「はーあ恋したーい」
「ならまず煙草やめるんだなぁ」
「それは無理」
「真顔で言うなよぉ…」

恋がしたい。でも今は煙草吸いたい。
スクアーロをジト目で見つめながら、まだあたしに恋は早いとでも言うのか神様よ、と意味もなく脳内で呟いてみた。

あーあ、煙草吸いたい。
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