推しに推される


ヒプマイ世界にトリップして早一年。なんやかんやと紆余曲折を経て、私は今日も弁当屋のバイトとして元気に働いている。家と戸籍と一定の貯金を与えた状態でトリップさせた神的な何かには半分感謝だ。半分はいやそもそもトリップさせないでよの意。

この一年、キャラと絡むことなんて無かったんだが、ある日を境に一人の男と知り合いになった。
その名も有栖川帝統。バイトの休憩中に公園で出会い、わーヒプマイキャラだ! お腹すかせてる! かわいい! とりあえずおべんとあげよ!! と謎テンションで餌付けをしてしまった結果、懐かれて今に至る。
今となっては、負けて素寒貧になるたびにうちに転がり込むようになってしまった。完全に懐いた野良猫のそれなので、やらしいことは一切ない。ご飯食べて風呂入って寝るだけ。私が身長的な理由やら面倒臭いやらでやれていないエアコンや換気扇の掃除もしてくれるのでこっちもこっちで便利に使っている。
多分乱数や幻太郎より小言的なアレソレが無いから、うちに来る率が高いんだろうと思う。
しかしこの子はいったいいつ勝っているんだろう。負けた日しか会わないから負けてる印象しかない。ギャンブラーやめた方がいいのでは。

その日もうちで、台所の換気扇掃除をしていた帝統に「帝統くんってさあ」と声をかける。

「勝つときあるんですか?」
「は? ……もしかして俺、負けっ放しの男だと思われてんのか?」
「正直、割と。負けた時しか会わないじゃないですか」
「……? ……あれっ? あ、マジだ?」

新しいフィルターを貼り終えた帝統は、流しで手を洗いながらうあー、と天を仰ぐ。「マジかー、そういやそうだわ。いやそりゃそうなんだけど」としばらく独りごちてたかと思えば、しっかりと手をタオルで拭き、ずびしと人差し指を私に向けてきた。
「人を指で指さない」「おっおう、悪い」と注意すれば大人しく人差し指をしまう帝統。素直でかわいい。

「今度! 勝ったら連絡入れっから! いっつも奢ってもらってばっかだし、たまには俺も奢んねーとな! 格好悪いじゃん!?」
「奢られっぱなしが格好悪いと思う程度の感性は持ってるんですね……」
「もしかしてなまえ、結構キレてんのか!?」
「いや別に。純粋に驚いただけです」

帝統が私にご飯を奢る場合、それは奢りではなく返還になると思うんだが、そこんとこはどうなんだろう。

私としては推しに直接貢げるってヒプ世界最高すぎない……? 状態だし、グッズ買ってるのと同じような気分だから大した問題もないんだけど。ご飯奢るだけで毎回新規絵見られるんですよ。新規ボイスも聞ける。最高の極み。
最推しは幻太郎だけどそこはそれ、彼の執筆した本を買い集めることで貢ぐことに成功しているのでよしとする。唯一出た書影も拡大コピーして自作ポスターにした。寝室に貼られているそれを見た時の帝統は普通に引いていた。
でも後日、幻太郎の写真を撮ってきてくれたので帝統はとても良い子です。推し。すき。

「とにかく絶対奢るから! 待ってろよな! ……ところで今日の晩メシ、何?」
「はあ……まあ期待しておきます。今日は豚丼です。昨日の余りですけど」
「やりぃ! 俺肉好き!」


――と、そんなやりとりをしたのが一ヶ月前。
最近帝統見ないなー、まあ元々そんな頻繁に会う仲でもなかったけど。行き倒れてたらどうしよう、いやでもさすがに乱数と幻太郎がどうにかするでしょ。私はポッセの絆を信じてるよ。
なんて考えながら帰っていたからだろうか。曲がり角から急に出てきた人と、思いの外勢いよく衝突してしまった。たたらを踏むと、ぱしりと私の腕を誰かが掴む。

「わりー急いでた! でもなまえで丁度良かった!」
「だ、帝統くん……? びっくりした。こっちこそ前見てなくてごめんなさい、どうしたんですか?」
「今日晩メシ決めてるか!?」
「決まってないですけど……」

私の腕から手を離し、帝統はムフフンッと自慢げに笑う。だいぶ面白い笑い方だった。そんな顔も出来るのね。新規絵ありがとうございます。
脳内で感謝を捧げていたら、帝統が上着のポケットから何かを取り出した。薄暗い辺りで、街灯に照らされるそれ。ガチの札束である。
正直引いた。

「え、なにそれ」
「勝った! から、メシ奢りにきた!!」
「かちすぎでは……?」
「もう大勝ちも大勝ちよ! 乱数と幻太郎に借金も返して、そんでもまだこんだけ残ってんだぜ! さすがに俺も夢オチかと今日一日ずっとほっぺつねってたんだけどよ、でも夢じゃねーの! これ元にして明日はもっと増やしてやっかんな!」

それ全額スるフラグ。そしてよくよく見れば確かに、帝統に左頬は一部が赤く染まっている。
「とにかくこれでなまえに美味えモン食わせてやっから、晩メシ決まってねえなら行こーぜ!」と、帝統は満面の笑顔で私の手を取る。えっ……お金も出してないのに、推しと手まで繋いじゃっていいんですか? 無課金SSR五枚取りくらいの幸福じゃない? テンション上がりすぎて逆に怖くなってきた。このあと死ぬかもしれない。死ぬ前に幻太郎とも握手したい。

ほとんど小走りの速度で歩きながら、これで帝統に高級料亭とかホテル最上階のフレンチとかに連れてかれたらどうしよう、ドレスコード的な意味で、と考えてはいたんだが、完全にいらない心配だった。
帝統に連れられて入ったのは、美味しいと話題の焼肉チェーン店。値段は程々で、安くはないが高くもない。まあギャンブラーとはいえまだ二十歳だもんねえ。チェーン店の焼肉、帝統のチョイスっぽくてよき。

「好きなもん何でも食えよな!」
「……はい、じゃあ、お言葉に甘えます」

とりあえず帝統はビールを、私は梅酒のロックを頼み、乾杯をしながら二人でメニューを眺める。
「なまえ、サラダとか食う派?」「焼肉屋でサラダ食べるなんてお肉に失礼ですよ」「だよなー! わかってるー! 乱数は絶対シーザーサラダ食うんだぜ!?」「わかる……ありがとう……」「何が!?」なんて会話をしつつ、結局大皿を一つに単品でいくつかの肉を頼んだ。あとキャベツと椎茸。
うっかりポッセの女であることがバレかけた気もするけれど、帝統は細かいこと気にしない人間っぽいし、多分大丈夫だと思う。

その後はしばらくわいわいと肉を楽しみ、お酒も進んで良い気分になってきた頃。
帝統がもう何枚目かもわからない肉でご飯をかきこんでから、「いやなあ?」と何やらぼやき始めた。

「らむだとげんたろーには、好きな子と初めてのデートなんだから、もっとちゃんとしたとこ行け! って言われたんだけどよ、俺そんな、ちゃんとした店? とか知らねえし、らむだが雑誌に、フセンまではっつけて教えてくれたんだけど、メシの量少ねえし葉っぱばっかだし、なあ? やっぱ肉だよな」
「……うん、はい? えっ、あっはい」
「だよなあ! やっぱがっつり肉食わねえと、メシ! って感じしねーじゃん!?」

「あんな葉っぱと豆だけみたいなメシで女って満足すんのか?」と帝統は一人で首を傾げているんだが、待って、なんかすごい爆弾落とされた気がする。待って、帝統わかってる? 自分の言ったこと理解してる? もしやとても酔ってらっしゃるのでは?
そういえばペースも早い気がする、と帝統が手にするジョッキを眺める。店員さーんビール追加でー! とまた叫んでいるが、これは果たして何杯目だったろうか。私も私でそこそこ飲んでたから数えてない。五は越えている気がする。

「ん、どしたー? なまえ。酔ったのか?」
「いやむしろめっちゃ覚めましたね……」
「じゃあもっかい酔えって! らむだがなー、酔った彼女をかいがいしくかいほーしたら、たとえだいすみたいなギャンブルバカ相手でも顔はまあいいからメロメロになってくれるだろってなー、言ってたし、俺ちゃんとかいほーしてやっから!」

それ多分私に言っちゃいけないやつー!
そんで乱数ー! 乱数くんー!! まだ私会ったことないけど乱数くんー!!! 帝統に変な入れ知恵すんのやめよー!?

えっと、えぇ……? 本当に帝統、私のこと好きだったの……? 何で? 私ご飯奢ってお風呂と寝床提供することしかしてないんだけど。
推しを推してたらいつの間にか推しに推されていた……? なんということでしょう。

まあキャラと恋愛するのがトリップの醍醐味だよね! とへらへら笑う脳天気な私と、冷静に考えて……相手はギャンブラーよ……そろそろ結婚を考えるべきだろう歳に安定性皆無のギャンブラーと恋愛するのはどうなの……? とゲンドウポーズをする私と、やだやだー! 私はげんたろーと「好きです。……嘘ですよ」「私も好きです。……嘘ですけど」ってお互いの本音を探り合う恋愛小説するって決めてるんだー! と絶叫する夢野幻太郎ガチ恋女子の私とが、脳内で猛烈に会議をしている。しかし会議は踊る。もう一人の私がスッ……と静かに手を挙げ、「でも確かに私も帝統のこと日常の一部にしてる節があるし、好きと言われて……はないけど、とにかく嫌な気持ちはない。むしろ嬉しい」と宣言し始めた。
脳内会議は終わりそうにない。

「まあなまえに直接好きとか言えねーから、これないしょな!」

言ってる言ってる。私なまえだよ。帝統くんしっかりして。
しばらく沈黙し、「なまえー?」とへべれけでジョッキを掲げる帝統を眺め、肩を竦めながら梅酒をあおった。

「わかりました、内緒ですね」
「おう! やっぱなまえ、いいやつだなー!」

私の脳内会議に決着がつくまで、帝統が内緒だと言うなら内緒にしておこう。私は何も聞かなかった。そういうことにしてあげよう。
なんせ、推しのお願いなので。
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