まあいいか


まあいいか、は私の魔法の言葉だった。

その言葉を口にすれば、大概の事は諦められる。

楽しみにしていた遊園地のアトラクション。
欲しくてたまらなかったゲームソフト。
母親が作ってくれるお弁当。
必死に勉強したテストの残念な結果。
叶えたかった将来の夢。
大好きだったあの人への想い。

「あのアトラクション、整備中だって」
「ゲームはまた今度ね」
「仕事が忙しいから作れないわ」
「お前78点だったの?俺92点!」
「こういう職業は、発想力や細かさが必要だから」
「ごめん、好きな人がいるんだ」

わがままを言ったらいけない。
欲を持ったらいけない。
期待したらいけない。

私はそうやって学んできた。
そういう出来事にあう度に、「まあいいや」と口にしてきた。

本当は欲しかった。乗りたかった。勝ちたかった。手をつなぎたかった。
でも叶わないなら、願うだけ無駄なんだと知った。

「なら仕方ないね」
そう言って、笑って。
「気にしないで」
そう言って、笑った。

「まあ、いいや」
1人きりになると呟いて、喉の奥のツンとした感覚を、飲み込んだ。


――…


「お前は、つまらない奴だな」

私に言ったのは、誰だったっけ。

あの人は、そうだ、何でも出来る人だった。
何もかもを手に入れて、もし手に入らない物があったとしたら奪い取る。そんな人だった。

私みたいに、まあいいや、なんて諦めたりしない。
それを手に入れる為の努力を惜しまない。
そして最終的に彼は、それを手に入れてしまう。

私はその努力をしない。
だって、無駄じゃないか。
他人の気持ちなんて変えられない。自分に関わりのない不都合を取り除く事なんて出来ない。自分の為だけに、他人に何かを押しつけるなんて、理不尽だ。
それが普通だと思う。
誰だって、我慢も諦めもする。
私が特別おかしいわけじゃない。

おかしいと言うのなら、きっとそれは、彼の方だ。

「僕は僕の欲しい物を手に入れる。僕にはその権利がある」

そう、はっきりと口にした彼は、きっと「まあいいや」なんて思ったことすら無いんだろうと思った。

「じゃあ遊園地のアトラクションはどうすれば良かったの」
「別の日にまた行けばいいじゃないか」

「買ってもらえなかったゲームは?」
「自分でお金を貯めて買えばいい。それが出来ないなら、まだ僕たちは子供なんだ、また誕生日等の行事にかこつけてねだれば良いだろう」

「お母さんの弁当は」
「仕事の都合は難しいかもしれないが、前日や休日に仕込みをしておけばそう無理な話でもないんじゃないか」

「テストの点数だって」
「それはただ単にお前の努力が足りなかっただけだろう」

「叶わなかった夢は」
「叶わなかった、って何故すでに過去形なんだ?お前は実際に、その職業に就いてみたわけでは無いはずだが」

「好きな人は、どうしようもない」
「お前がお前の魅力をその相手にしっかりと見せることが出来なかったんだ。手に入らないのならその相手の思い人より魅力的になって、奪い取れ」


「…それは、赤司くんだから、言えるんだよ。私には、そんなこと、出来ないよ」


「言っただろう、僕には欲しい物を手に入れる権利がある。それは勿論、お前にもだ」
「私にはそんな権利無いよ。また遊園地に行く暇もお金もすぐにはできない、お母さんに迷惑はかけられないし、好きな人を悲しませたくない。全部、まあいいかって、もういいやって、諦めたんだから」

だからお前はつまらない人間なんだと、彼は吐き捨てた。
彼らしからぬ、言い方だった。

「そうやってお前は、他人の顔色ばかり窺って、自分の望みを捨てていくのか」

あなたには関係ないじゃない、と思う。
そう、彼には、関係ない。
私が何を諦めようと、自分の願望を捨てようと、それは結局私の中での問題で、ただのクラスメイトな彼にはなんの、関係もないんだ。
それで彼になんらかの被害が出るわけでも、ないのだし。

「僕は、人間の持つ願望は、最も尊い物だと思っている。自分がこうしたいああしたいと思う、願望。だから僕はそれを大事にするし、自分の望みを捨てたりしない。常にそれを叶えられる最善の選択をするし、それが難しい事だったとしたらどうやれば叶えられるのか、どうすれば手に入るのか、考え、努力する」

それは、あなたの主観でしょう?
私は自分の願いより、他人の都合の方が、よほど大切な物に思える。

黙り込んだままの私に、彼は、隠そうともせず大きなため息をついた。


「だから僕は、自分の願望を蔑ろにするお前が、許せない」



――…


まあいいか、は私の魔法の言葉だった。

その言葉を口にすれば、大概の事は諦められる。

欲しかった物も、想いも、願いも、なんだって。
簡単に諦められるし、捨てられる。
まあいいかって口にするだけで、私は何かに縋り付いたりしない、利口で物わかりの良い人間になることが出来た。
だから私はいつだって、まあいいか、と呟いてすべてを諦めるし、いつまでも欲しい物を求め続けたりしない。
代替に出来る物だってあるし、願ったって手に入らない物を追い続ける事ほど時間や労力が無駄な事は無いと思う。

だから私は今日も「まあいいか」という魔法の言葉を口にする。


その度にちらつくのは、赤司くんの言葉だった。
私はきっといつまでも、あの人にとって、つまらない人間のままで居続けるんだろう。


「何で、お前はそうやって、自分の願いを簡単に捨てることが出来るんだ」


自分の願いを叶える術を知っているあの人と、諦める術しか知らない私は、どう足掻いたって交わらないし、意見の一致もしない。
だって私にとっては、誰かの都合を無視してまで叶えなければいけないほど、自分の願いという物が尊い物に思えないんだもの。

そうは思っていてもやっぱり、彼の言葉はちくちくと私の胸に残り続ける。
彼に会わなくなった今も。ずっと。

「…まあ、いいか」

そんなの気にしていたら、人生なんてやってらんない。
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