ゆめうつつ


夢を見ていた。
多分、夢だ。確信は無いけれど、私はそう思った。

細い川が流れている、静かな風景だった。
草木が邪魔にならない程度に生い茂っていて、空気が澄んでいて、そっと目を閉じればどこかから歌声が聞こえてきそうな、そんな景色。
私は川辺にぽつんと座り込んでいて、真っ青な空を見上げている。
雲一つない空をぼんやり眺めて、足下をくすぐる草を手で払っている。

ふと、対岸に男が座っていることに気が付いた。
二人の男。
私はその人たちを知らないけれど、彼らはじっと私を見つめていた。
奇妙な、この世の者じゃない何かを見つめるように。
不思議そうに。
私も彼らを、不思議そうに眺める。
橙色の髪の毛、着ているものは迷彩柄の、…ポンチョと言えばいいんだろうか。
そして茶髪の人は真っ赤な服で、胸元と言えばいいのかお腹といえばいいのか、肌が露出している。
二人ともがまるで、ゲームか漫画に出てくるキャラクターのような格好だった。
それがこの景色にとけ込んでいるのだから、不思議だった。

二人は私をじろりと眺めるだけで、手を振ったり、会釈をしたり、話しかけてきたりだとか、そういうことをしない。
だから私もただじっと、彼らを見つめるだけで、動かない。
暫く経ってだんだん退屈になり、手でも振ってみようかと考えた。

そこで、目が覚めた。



その日の夜も同じ夢を見た。

静かな景色。
澄んだ空気。
草が相変わらず私の足をくすぐってくるので、また、払う。
そしてやっぱり対岸の男達は、また、私を奇妙な目つきで眺めていた。

どうしようか少し悩んで、小さく手を振ってみる。
ひらひらと手を動かした私に、赤い子の方がびくりと体を震わせた。
まん丸な目をもっと大きくさせて、私からぱっと目を逸らす。
橙色の人が呆れたように溜息をついた。
手を振りかえしてはくれないのか、となんだか残念な気持ちになりながら、ゆっくりと手を下ろす。
そのまままたぼんやりと、空や、川や、草を眺めて、また彼らに目を向けた。
赤い子が、困ったような怯えているような、複雑な表情で小さく頭を下げた。

そこで、私は目を覚ます。



その日の夜もやはり、同じ夢を見た。

二度あることは三度ある。
景色も登場人物も変わらない夢は、けれど少しずつ進んでいた。

また足下の草を払っていた私に、赤い子が話しかけてきた。

――そなたは、あやかしか

その問いかけにきょとんと目を丸くさせて、小さく笑う。
不思議な喋り方をする人だなと思った。
古風、と言えばいいんだろうか。
私の反応に眉を顰めたのは橙色の人で、私は慌てて首を振る。

私が、あやかしに見えますか?

赤い子は安堵したように、そっと微笑んだ。
その微笑みは、とても綺麗で、可愛らしかった。

――そなたは何故ここに?
気付いたら、座っていたんです。
――名はあるのか。
なまえ、と言います。あなたは?
――某は真田幸村と申す。隣にいるのは猿飛佐助、某の友だ。
今日はお散歩ですか?ここ、綺麗ですよね。
――ああ、……誠に、綺麗だ。
私、あなた方とお話出来るとは思いませんでした。
――それは某も同じだ。そなたは、どこか……なんと言えばいいのだろうか、気配が虚ろであったから。
気配、ですか。
――うむ。今も、消えそうなほど……――

そこで会話は途切れ、私は目を覚ました。



何度も同じ夢を見る。
厳密に言えば同じではないけれど、少しずつ進む、続き物の夢。
だんだんと現実と夢が混ざり合って、私は、どちらが現実なのかわからなくなっていた。

一ヶ月以上、そんな生活を続けて。
バイトも大学も、休みがちになってきて。

その日の夜も、私は夢の続きを見た。

だけど今日は、彼らは座っていなかった。
赤い子が立ち上がって、座り込んでいる私をじっと見つめている。
会話が無いので、また、夢を最初から見ているようだと思った。
だけどこの夢は間違いなく、"続き"だった。

――そなたは、こちらに渡れぬのか。

静かに告げられた言葉の意味が一瞬わからなくて、首を傾げる。

――ずっと座り込んでいるのは、もしや、足を悪くしているからでは?
――時折、手で足を撫でるようにしていたのも。

そんなことは無いと慌てて手と首を左右に振って、立ち上がってみせる。
いや、立ち上がってみせようと、した。
足は地面に縫い止められたように動かず、手で触れてみても、叩いてみても、まるで自分の足じゃないようにびくともしない。
あれ、あれ?と自分で自分の足を何度も叩き始めた私を、橙色の人が、哀しそうな、けれどどこか申し訳なさそうな目で見つめている。
赤い子は、やはり、と眉尻を下げた。

――こちらに渡りたいとは、思わぬか。

仁王立ち、と言えばいいのか、しっかりと地面に足裏をついて立つ赤い子が、私に手をさしのべた。
そこで初めて、彼らの向こうに城のような、大きな建物があることに気が付く。
それは観光地で見るような立派なお城で、どこからともなく舞ってきた桜の花びらに飾られて、彩られて、とても綺麗だった。

あそこに行きたい。
なぜか漠然とそう思った。

だけど、私の足は動かない。
動かせない。
叩いても、抓っても、痛みもなければ何かが触れているという感覚も無い。
もしかしてこれは私の足じゃないんじゃ、とも思ったけれど、それは間違いなく私の腰に繋がっている私の足だし、ふくらはぎに生まれつきある嫌な痣もそのままだ。

――そなたがこちらに来たいのならば、某の名を呼んではくれぬか。
でも、あなた達は、こっちに来れるんですか。
――佐助に出来ぬことは無い。なあ、佐助?
――……結局俺様任せなワケね。ま、いーけどさ。
でも、ええと、私の足、動かないし……ご迷惑に、なりますよ。
――そんなことはござらぬ。某はそなたと、ゆるりと団子でも食べながら、話をしたいのだ。

お団子、か。
そういえば和菓子なんて、久しく食べてない。
彼と、ゆっくりお茶をしながら何でもない話を出来たら楽しいだろう、きっと。
彼らがどういう人なのかは、まったく知らないけれど。
それはお互い様なのに、彼は、私を求めてくれている。


……夢なら、覚めなければいい。


「私も、幸村くんと、お花見がしてみたい」

そう呟いた瞬間に、黒い影が私の上に被って、ふと気が付いた時には抱き上げられた格好で彼と向き合っていた。
幸村くんが、目の前に立っていて、私の頬に触れる。

「なまえ殿、某の名を呼んでくれたこと、感謝する」

にっこりと笑う幸村くんにほんの少し照れてしまって、顔を俯かせる。
私を抱きかかえたままの、……佐助さんが、眉尻を下げて、ちょっと困ったように笑いながら、私の頭をぽんぽんと撫でた。


私はその日から、大学に行ったり、友達と買い物をしたり、バイト先で怒られたり、家族と笑い合うような、そんな夢を、見なくなった。
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