±0 その女がいなくなったからと言って、俺の人生が何か変わるということはまったくなかった。 「もうベル、いい加減にしてよ!」 キーキー鳴いてうるさい女だった。 俺のイタズラに怒って、ボスの理不尽さに怒って、フランの失礼さに怒って。とにかくよく怒る女だった。 「スクアーロと昨日ご飯食べたんだあ」 本当に屈託無く嬉しそうに笑う女だった。 スクアーロが、スクアーロと、スクアーロに、あいつの口からスクアーロの名前が出てこない日はないってくらい、スクアーロが大好きな女だった。 「無茶、しないで……っ」 人のために、綺麗な涙を流す女だった。 俺達の誰が怪我をしてもぴーぴー泣いて、心配させないでよと泣きながら手当てをする。甘くて優しい女だった。 「ベルのばーか!」 大人しいのは表面だけで、意外とイタズラ好きなガキっぽい女だった。 俺にタライを落として来たりフランを落とし穴に落としたりボスにボールをぶつけたり、向かうところ敵無しの女だった。 「ありがとう、ごめんね」 仮に天使がいるならこんな風に笑うんだろうと思わずにはいられない笑みを浮かべる女だった。 どんなにイタズラをされようが、どんなに悪い扱いをされようが、最後には笑って許してくれる女だった。 ああ、どうしようもなく、甘い女だった。 「別に、あいつがいなくなったからって、なんも変わんねーよ」 「の割にはベル先輩涙声ですけどー」 「てめーも涙目じゃねーか。黙ってろよ」 「はーい、すみませんー」 変わらないんだ。 0が1になって、また0に戻っただけの話なんだから。 そして俺達は、いつも通りに戻るだけなんだ。 あいつは、そんな俺達に1を教えてくれた、教えやがった、厄介な女だった。 |