good night,sweet baby


痛いくらいにわかっていた。わかっていた…筈だった。
それを俺は見て見ぬふりをしたが故に、否、見て、その上でそれに対する行動をしないことを選択したが故に。
この結末は俺自身が招いたもので、決してあいつは悪くないんだ。そう思う時点で、俺は本当に終わっている。身も心も、あいつに。

「ごめんね、スペルビ」

キャラメルを溶かしたような甘ったるい声を吐きながら、あいつは俺を見下ろした。
その声はほんのちょっと前まで、もっとふわりと、例えば綿菓子のような優しさを含んでいたのに。今は毒々しささえも孕むほどに甘く、まるで、抜け出すことを許さない麻薬のように俺の耳を擽る。
それがどうしようもなく心地良く思えるのは、俺が既に中毒者だから、で。ぽたりぽたりと頬を、身体を、俺の全てを濡らす2つの液体に自嘲の笑みを浮かべた。けれどそれが、表情に出ることはなく。

「全部嘘なのよ」
「私の出生も人生も」
「貴方と出会った理由も」
「貴方に伝えた想いも」
「貴方に誓った、全ても」

甘く、俺の脳髄に染み渡っていくその声は、ひどく楽しげであり、ひどく儚げでもあった。
それも全部嘘なんだろう?あいつは天の邪鬼な女だった。俺の好きだという言葉に頬を染めて私は嫌いよと返すのはあいつの癖で、けれど最後には俺に愛を囁いてくれた。甘く、やわらかく俺を包み込むような優しさで。だから、その言葉も嘘なのだろう。
あいつは俺を愛していたし、俺もあいつを愛していた。

「なら、この状況は何?」

嘲笑うかのように、ブーツの底で覆われた俺の視界。痛みを感じることはなく、ただただ、息苦しいような、胸の奥が…しんと冷えていくような感覚に襲われる。
くすくす笑う声は次第に小さくなり、消えた。視界はまたクリアになり、映るのは、灯りひとつ無い闇のみ。

「貴方は馬鹿だわ、スペルビ」

また甘い声が響く。その声は何かをずっと紡ぎ続けていたけれど、俺の頭はもうその内容を理解出来てはいなかった。
もやがかかる。世界が烟る。遠くから聞こえた銃声は、誰が誰に向けたものなのだろうか。

「…なまえ、」

俺の声は、あいつに届いただろうか。

「good night,sweet baby」
(いつまでも甘い夢に浸っていなさいな)
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