愚かな行為


※自傷綱吉


ぼおっと、宙を眺めていたその人は、私の存在になんてまったく気付いていないのだろう。「死にたい」、消えゆくような声で呟いた。その手には、窓から差し込んできた太陽光が反射して鈍く光る、カッターナイフ。チキチキ、刃を出したり戻したりを繰り返す。「死にたい」 虚ろな瞳で、カッターナイフを左手首にあてる。ここからは見えないけれど、きっと数え切れないほどの傷がそこにはあるんだろう。ぽた、ぽたり。手首から流れ指を伝って、床に血が溜まっていく。それでもすぐに血は固まっていくから、少しの血だまりを作って出血は止まった。……と、また何かがぽたりと零れる。目を凝らす。ああ涙かと気が付いて、私はまるで安い絵画のようなその光景を微かに笑みを浮かべながら眺めていた。椅子の背もたれに体重を預けて、両手をだらりと垂らして、嗚咽を漏らすわけでもなく、はらはらと涙を静かに流している、情景。絶望を絵にしたらこんな感じなんだろう。「死に、たい…っ」 瞬間、声音が変わる。ギリとカッターナイフを握り締め、刃を高く掲げると。

ぐさり、左手首に強く突き立てた。痛みを堪えるような唸り声に、見てるこっちまで痛みを覚える。軽く顔をしかめて、よくもまあそこまで自分を痛めつけれるもんなんだと妙に感心していれば、彼は不意に私を視界に入れた。どう形容すればいいのかわからない笑顔で、私の名前を呼ぶ。左手首からはぽたぽた、血が流れて伝っていて。私もまた何とも言えない笑顔でもって、彼の名前を呼んだ。

「死にたいんだ」

彼は、ふわりと微笑み、言う。

「俺が死んだって、代わりはいるんだからさ」

「マフィアなんかのボスになるために殺されるくらいなら、自分で死にたい」

「死にたい、のに」



ぐ、と手のひらを強く握ったら、血が、じわりと滲んだ。死ねないんだ?ほんの少しだけ馬鹿にしてみれば、彼は苦笑を浮かべる。覚悟はあるんだろう、死にたいんだろう、生きることに希望を見出してないんだろう、いや、生きることに絶望しているのか。愚かだと感じる反面、人間らしいと思った。私はこの少年を人形のようだと今まで認識していたのだけど、なかなかどうして人間味を帯びている。足音のしない私がいつの間にか目の前に立っていたことに驚いたのか、ほんの僅かに彼の目が見開かれた。その右手からカッターナイフを受け取り、こびりついた血をカバンに入っていたウェットティッシュで拭き取る。カタンと机の上に刃のしまわれたカッターナイフを置いて、彼を、目前の少年を、呼んだ。声は出さず、ただただ手招く。

「俺、死ねるの」

問いには応えない。ただ、私は手招くだけ。その手を取るも取らないも、君次第。彼はへにゃりと疲れたように、憑かれたように笑って、私の左手に血塗れの左手を重ねた。

「なまえは、死神だね」
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