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「最近、四三と仲良いよな」

独歩の口からそんなセリフが飛び出てきて、一瞬動きが止まる。珍しく短い残業で帰ってきて、俺は休みの日のことだった。
どこか拗ねているようにも見える表情で、独歩は晩メシの親子丼を黙々と食べ続ける。言葉はそれ以上続かず、その沈黙は俺の返答を待ってるようにも、ただ先の言葉を言いたかっただけのようにも思えた。

「……今更っしょ? 俺と独歩と四三が仲良しなのはさあ」
「俺はもう当分四三に会ってない」
「、そうなん?」

元々、俺と四三の生活リズムと、独歩の生活リズムはほとんど真逆だ。その上、独歩と松雪ちゃんの話を聞いてから、四三の休日の半分程は件のデバガメ行為に費やされている。……そう考えると悪趣味に本気出すにも程があるな。人のこと言えないけど。
四三の休日、残りの半分はきっと、四三のトモダチに使ってるんだろう。
俺はちょくちょく四三と顔を合わせているけど、バレるわけにはいかない尾行の対象である独歩は、確かに考えてみれば四三と当分会っていない気がした。それこそ俺の知る限りであれば、デバガメのバレたあの日が最後だ。

晩メシを綺麗に食べきった独歩が、静かに箸を置いてからごちそうさまと手を合わせる。カチャカチャと食器の重なる音が響いて、自分の食器をまとめた独歩は台所へと席を立った。
なんとなくそれを目で追って、グラスに注がれた麦茶に手を伸ばす。

「なあ一二三、お前たち、なんか俺に隠してないか?」
「っ、」

口を付けたグラスから流れ込んできた麦茶が、気管へと滑り落ちていきそうになる。なんとか吐き出すことは耐えつつも数秒咽せて、一息ついた頃には、独歩はなんとも複雑そうな表情で口元を尖らせていた。
「大丈夫か」とため息交じりの声には大丈夫だと返したが、ついさっきの問いかけへの返事が出てこない。

「……別に、友だちだからって何でも話さなきゃいけないわけじゃないし、俺だってお前らに言ってないことも当然ある。隠してることがあるって前提で話進めるが、その隠し事が実はまだ俺の尾行続けてます〜とかなら、……まあ怒りはするが、変わらんなお前らはって思うだけだ。でも、特に一二三。なんかもっとこう……違う隠し事、してないか?」
「……、」
「こう言うのも我ながらガキ臭くて嫌なんだが……なんというか、そこはかとない除け者にされてる感が、ずっとあるんだよ」

独歩のそれは、きっと、俺が抱く四三への想いを悟ってしまったがゆえのものだった。
数年前に交わした、俺と四三だけの約束。いいや、約束にも満たない、ただの会話だ。俺と四三しか知らなくて、独歩にも話すつもりはなくて、本当なら、四三にだって話さないはずだった俺の気持ち。
どれだけわかりづらくても、俺と四三の関係は確実に、あそこで変質した。それを他人の機微に気が付きやすい独歩が、わからないわけがなかったんだ。

食器を洗い終えた独歩が、ダイニングテーブルに戻ってくる。
「話したくないことなら、無理には聞かん」「けど、一二三も四三も、ずっと変だ」「お前ららしくない」――ぽつりぽつりと続く静かな声に、止まってしまった箸がもう動かない。

「……まさか本当にデバガメ続けてんじゃないだろうな」

しばらくの沈黙が続いたあとの剣呑さを滲ませた声音は、あからさまに空気を変えようとしていた。
キッカケを目の前に置かれても、俺はそこに手を伸ばせない。踏ん切りがつかず、勇気も持てない。だからそのあからさますぎる助け船に、ひょいと飛び乗って空笑う。

「いや〜四三がノリノリでさあ? 俺っちも気になる気持ちは止めらんねーしって痛ァ! うぉっおっナイスキャッチ俺! 塩は投げんなよ独歩!!」

ちゃんと蓋が閉まっていて周囲が汚れないものを投げてくる辺りは冷静さが窺えるけども、ガラス瓶に入った塩を投げてくるのはいただけない。俺の顔に傷がついたらどうすんだ。商売道具なんだぞ。悪いのは俺だけども!
憤慨する俺にハア、と深いため息をついて、独歩は頬杖をつく。
ようやく動かす気になった箸で、俺は残りの晩メシを食べ始めた。漫然と眺めてくる独歩の視線を感じつつも、米粒一つ残さず食べきる。

「必要なら有休も取るから、今度一二三と四三の休みが合う日、四三連れてこい。常識と気遣いというもんを知らんお前らに説教だ」
「ええ〜……わざわざ有給取ってまで説教するって独歩マゾすぎねえ? いやサドなのか?」
「俺の貴重すぎる休日を大親友のお前らに割いてやるって言ってんだよ、喜んで土下座しろ」
「こわ……」

普段のネガティブを見せないのは良い傾向かもしれないが、こうも意気揚々と土下座を求められると怯え的な何かが先立つ。
これ絶対四三にいらんことしやがってって怒られるんだろうなあ、俺四三にも独歩にも怒られんのかよ……役回りが損すぎる……と肩を落として、それでも自業自得だと諦めた。独歩に悪いことしてる自覚はあるんだ、一応。

食器を片付けていれば、独歩はソファに移動してテレビのチャンネルを回し始める。適当なニュース番組に合わせてから、スマホをいじる。
洗い物も終え、さくっと用意したウイスキーの水割りを手に、俺もソファの方へ向かう。ほい、と差し出したそれを見て、独歩はわかりやすく顔を顰めた。

「あの日もいたのかお前ら……!?」
「白状すると、ハイ。入間もいた」
「そういや入間さんと四三は仲良かったんだった……ッ!!」

ガッ、と水割りを半分程一気にあおり、叩きつける一歩手前くらいの勢いでローテーブルにグラスを置く。
「もう誰も信じられない……いや、信じられるのはもう雅さんと先生だけだ……」とうなだれる親友の姿を目にして、何度目かはわからんがさすがに反省した。

ごめんな、独歩。いい加減デバガメもやめるよう、ちゃんと四三に話してみとくから。
俺の、親友のお前にも言えない、一番の隠し事も。俺が四三に抱く気持ちのことも、いつかちゃんと話すから。きっと、いつか。俺が笑い話に出来るようになった頃には。

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