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入店してきた独歩は今までの店と違ってカチンコチンに緊張していて、むしろ松雪ちゃんの方がこの手の店に慣れているような様子だった。
ちょっと意外だ、と思いながらカウンターに座る二人を、今度こそバレないようにこっそり窺う。
おしぼりとメニューを渡され、独歩は後ろ姿でもわかるほどに狼狽していた。おしぼりからふわりとハーブが香ることにすら狼狽えているのが、手に取るようにわかる。そこは別に驚かなくていいだろ。
しばらくパラ……パラ……とメニューをめくっていたかと思えば、独歩は「ごめん、ちょっと、先にお手洗いに……雅さんは先に注文しといて大丈夫だから……」と青ざめた顔で席を立った。穏やかに笑う松雪ちゃんに背を向け、スマホを取り出しながらトイレへ消えていく。

「まさかメニューに何書かれてんのかわからなかったとか」
「さすがにそれは……、それは……」
「ない、とは言い切れない辺りが観音坂さんですよねえ」
「あいつトイレで調べるつもりなんかな、……んぁ?」

ぽろん、ぴこん、と、俺と四三のスマホが同時に鳴る。顔を見合わせてから二人してスマホに目を向ければ、そこにはグループトークの通知が入っていた。送り主は察しの通り、独歩だ。
一応マナーモードに設定してから、アプリを開く。
『助けてくれ』『なにが書いてあるかすらわからん』『見たことあるのが山崎しかない』と次々に送られてくるメッセージは、焦ってるあまりか要領がまったく掴めない。俺らがここにいなかったら確実に何言ってんだこいつとなってたことだろう。

「バランタインとかマッカランもスーパーで見るだろ」
「独歩そもそもウイスキー飲まねえし……」
「観音坂さんは普段どのようなお酒を?」
「そういや俺も独歩と飲むことねーから知らねえや。何飲んでんのあいつ」
「あー……大体発泡酒か缶酎ハイだわ、給料日にはビール飲んでる」

入間があからさまに鼻で笑い、四三もそれしか出来る顔がなかったといった様子で苦笑する。独歩からの通知は止まらない。
あと正月にお屠蘇飲んでたな、の言葉はなんとなく飲み込んでおいた。入間にまた鼻で笑われそうな気がしたからだ。独歩の名誉は俺が守る。

『なんだ?』『折れはどうすればいいんだる』『何をのめばいいだおれは』と混乱しまくり誤字りまくりのメッセージに、ひとまず『落ち着けって』とだけ返す。
ここですぐさまアドバイスをしてしまえば、何で状況わかってんだ? って話になってしまう。独歩から事情を説明されないことには、何も言うことが出来ない。
しかし四三は素直というか正直者というか、それとも自分ならばいけると思ったのか、『見栄張って松雪ちゃんとオーセンティックバーにでも行ったのか?』と、ゲラゲラ笑うパンダのスタンプも一緒に送っている。案の定『何でわかるんだ』といきなり冷静になってそうな返答が届いた。
「まあここオーセンティックバーじゃねえけどな」と四三がフリック入力を続けながら呟く。

『お前の言ってること見りゃ酒飲む場所に行ったんだろうなってのはわかるし、お前がそんだけテンパるってことは仕事じゃなくて松雪ちゃん絡みだろ』『そんくらいわかるわ』
『これが経験値の差か』『わかったんなら教えてくれ 俺はどうすればいいんだ』
『つーか独歩、山崎しかわかるのねえっつってたけどウイスキー飲んだことあんの?』『ないならやめとき』
『ない』『やめとく』『何をのめばいい』

手持ち無沙汰にでもなったのか、入間が煙草に火をつけるのが視界の隅に映った。
音もなく煙を吐き出してから、タイミングよく通りがかった店員に声をかけ、メニューを受け取る。開いたそれを俺たちの前に差し出した。

「あの関係からしてかっこつける必要はねえだろ、なんかテキトーに美味そうなやつ飲ましてやればよくねえ?」
「店が店だからな……。多少の格好付けはしても良いかと思いますが」
「無難にカクテル系でいんじゃね? 前どっかの店でソルティドッグ飲んでたっしょ」
「他だとモスコミュールか……ああレッドアイもアリだな、あいつトマトジュースどうだったっけ?」
「一時ハマってたわ、そん時気に入ってた女子アナがトマトジュース推してたから」
「動機が彼らしいですね」

はたして入間は独歩をどういう男だと思ってるのか。

とりあえずの結論は出て、『無難にカクテル飲んどけよ』『ソルティドッグくらいなら飲んだことあるんじゃね?』『モスコミュールかレッドアイ辺りなら独歩も嫌いじゃねえと思う』と、二人して返事をしていく。
既読だけがついて、ようやくトイレから独歩が出てきた。

「ごめん、お待たせ……」
「いえ、私もどれを飲もうか目移りしちゃってたので、全然。このお店、ウイスキーに力を入れてるみたいなんです。私がまだ飲んだことないものもいっぱいあって!」

俺たちが見守る中、独歩の背中が悲愴に染まった。俺と四三も思わず、ああ……と声を漏らす。入間だけがくつくつと肩を震わせて笑っていた。

「あの子実は酒めっちゃ好きだろ、今までもペースはえーなって思ってたんだよ」
「ウイスキー飲み慣れてるタイプにゃ見えねーのになあ……いやそういう女の子うちにも多いけどさあ」
「店の雰囲気にも物怖じしてないようですし、なかなかいい女性ですねえ。私がご一緒したいくらいです」
「頼むから入間サン、あの子狙うのはやめろよ」
「機会があればの話ですよ」

にっこり笑う入間のそれは、四三と違ってどうにも油断ならない。入間を連れてきてしまったのはやっぱり失敗だった。ごめんな独歩、こいつが松雪ちゃんに近付くのはヒプノシスマイク使ってでも絶対防ぐから。

結局独歩は俺らのアドバイスも意味なく、松雪ちゃんに流されるままウイスキーを注文していた。
今日の独歩はめちゃくちゃ背中で語っている。「ウイスキーの中にもアホほど種類があるしその種類の中に更に銘柄がめっちゃある、わけがわからん」「ていうか俺にウイスキーが飲めるのか? そもそもウイスキーって何だ?」「飲み方!? 飲み方ってなんだ!? 注文してそれで終わりじゃないのか!?」って感じだろう考えが本当に、手に取るようにわかってしまって、なんともいたたまれない。
入間に加えて終いにゃ四三まで笑い始めてしまっていたが、俺はがんばれ……独歩……! とその背に応援の意を向けていた。
ウイスキーも慣れたらうめえから! 今度家でも飲もうな! 家でまで酒飲みたくねえわってあんま種類置いてなかったけど近いうちに色々買っとくから!


独歩が初ウイスキー二杯目を味わっている頃、四杯目――入間は五杯目――もとっくに飲み終わっていた俺らは、バレる前にそろそろ出るかと帰り支度を始めていた。
この位置関係であるのなら、そそくさと帰れば独歩に見られることもないだろう。
チェックも済ませ、コートを羽織る入間をちらと見上げる。店を出て少し進んだ辺りで、「何か言いたいことでも?」と妙に挑発的なツラを向けられた。

「いんにゃ? 入間サン、なーんか想像以上に独歩に対して親身だったなーって驚いちまって」
「まあ四三の友人ですし、観音坂さんは知らない仲でもありませんからね。他人の恋愛事情は酒の肴に最適ですし」
「お前それ最後のが本音だろ」
「四三と伊弉冉さんも似たようなものでしょう」
「敬語の銃兎きもちわり〜……」

「お望みとあらばしょっぴいて差し上げますよ」と入間に迫られ、四三はわざとらしい怯えの声をあげながら俺の後ろに隠れる。

「ジゴロ頼んだ!」
「今の俺っち一二三だから無理で〜す」

背中を引っ張る体温に、素っ気なく返したところでどうしようもなく口元が緩んでしまう。
わあわあ言い続ける四三と、それに返す俺とを冷めた目で眺めて、入間は肩を竦めてから何かを呟いた。俺の耳には届かなかったそれが、何故だか背後にいた四三には聞こえたらしい。

「お前なあ、銃兎」
「さて、俺はそろそろ帰るとするか」
「わっざとらし〜……」

ため息交じりに入間を睥睨していたかと思えば、四三も肩を竦めてしっしと追いやるように入間へ手を振り始める。
ついて行けない二人のやりとりに眉を顰める俺を放置して、入間は別れの挨拶を済ませるとさっさとその場を後にした。すたすた歩き去っていく背中から、四三へと顔を向ける。

「何だったんだよさっきの」
「……」

珍しく歯切れの悪い様子で、四三は俺の顔をじっと見つめてくる。思わず出てしまった「なん、だよ……」の声は、格好悪くも掠れていた。

「なんでもねーよ」

子供にするように俺の後頭部をぽんと軽く叩いて、四三も駅の方向へと歩き始める。
数歩進んで振り向いた顔に、熱くなった吐息を飲み込んで、後を追った。

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