[6/10] 「一二三と四三に聞いたらデバガメされるんですよ、と観音坂さんに相談を受けましてね」とえげつなく悪い笑みを浮かべるヨコハマのポリ公が四三と共にやってきたのは、俺と四三の休日が本当に偶然、たまたま被った日のことだった。 テリトリーバトルで争いを繰り返す仲とはいえ、他ディビジョンの代表たちとの付き合いもそれなりに長い。特にヨコハマのポリ公こと入間銃兎は俺らと年齢も同じで、独歩と――職質をかける側と受ける側ではあったが――交流もあり、たまに会えば話をする程度の仲にはなっていた。まさか独歩がわざわざ相談をする程の仲になっていたとは知らなかったが。 そんで四三と入間は、俺が入間を知る前からの顔見知りだ。友だちと言ってもいい距離感だろう。出会いの詳細は知らないが、女へのスタンスがほぼ同じだとかいう理由で、四三は時折ヨコハマの碧棺も交えた三人で夜の街に繰り出している。同様の理由でシブヤの飴村ともそれなりに仲が良い。 独歩から入間に相談がいき、それを入間が四三にチクって、俺のとこまで。 独歩のプライバシー……と今更ながらに親友を思って涙を飲むが、かといってデバガメをやめる気はないので俺も大概だ。すまん独歩。四三とサシで飲める機会が今んとここれくらいしかないんだ。 それもこれも四三が独歩の恋愛事情に夢中だからと四三を睨むが、本人は常にどこ吹く風である。今日も知らない香水の匂いを漂わせていて、これは男ウケが良いと評判のあのブランドだなとわかってしまう俺にも閉口する。 隣の入間からも女物の香水が微かに香っていて、こいつら真っ昼間から何してたんだと遠い目。わざわざ藪から蛇を出すつもりも自分から落とし穴に突っ込むつもりもないが、友人兼想い人である男と、敵ともライバルとも言い難い男の乱れっぷりは気になって仕方がなかった。 「んで、銃兎はこの店教えたらしくてさ。後で行こうぜ」 スマホの画面に映った口コミサイトを見やり、なんとも独歩が入るには厳しそうな雰囲気の店だと考えながら頷いてしまう。 シックなデザインで統一され、黒を基調とした店内はまさしく大人の雰囲気そのものであり、ここに入間がいんのめちゃくちゃわかるなとは思う。オーセンティックバーではないようだが、どちらかといえばそれに近い店だろう。 俺らの年頃を考えると場違いではない、ないけれど、外飲みに慣れていない独歩が果たしてこの店で上手く立ち回れるのか。 大丈夫か独歩……と不安を抱くと同時、いやこれ絶対面白いやつじゃん……と思ってしまう辺りが大変申し訳ない。すまん独歩。 「この店俺行ったことねーわ、最近出来たとか?」「店自体は前からある。去年になってオーナーが変わってな、そこから美味くなったんだ」「へえ〜、今度アイコ連れてってやろ」「ホテル街も近いしな」「完璧かよ、さすが銃兎だなオイ」だなんて話し続ける四三と入間を半目で眺める。 ため息を一つ零してから外出の準備を始め、十九時を回った辺りで家を出た。 何で俺は入間とメシを食うことになってんだろう、とは思うが、入間に帰る気配はないし、四三が入間を帰らせる気配もない。このまま三人で晩メシからバーまで過ごすことになるんだろう。せっかくの機会なのに。 晩メシは四三の働く焼肉屋で、となった。四三曰く社割がきくし美味いから。 「ああッオイ銃兎それ俺が育てた肉!」「ハッ、ちんたら食べてる奴が悪いんだ」と仲良さげな四三と入間を横目に、馬肉のユッケを無言で咀嚼する。 目下のライバルは、四三のトモダチである女の子たちと言っていいだろう。特に頻繁に会っている子が五人ほどいて、本人曰く健全な連れ、も同じくらい存在している。この数年でよく聞く名前は、両者併せて四人くらいだ。 全員が可愛くて愛嬌もあるし、根気強く俺の女性恐怖症克服に付き合ってくれた良い子たち。だけど俺は、四三に愛されている彼女たちに悋気を感じてしまう。 そして好きな相手が同性だと、男相手にも悋気を抱いてしまうもんなんだな、と考えながら箸を進めた。 四三の恋愛対象は女なんだから、抱く意味がひとつもない悋気だ。くだらなすぎるそれを忘れるように、生肉を噛みちぎっていく。 「伊弉冉さん、そちらのロースがいい具合ですよ」 「ん、ああ、あざーっす!」 四三相手とは打って変わって慇懃無礼な様子の入間に、網の上の肉をトングで渡される。ありがたく受け取り、四三が「野菜も食えよ〜」とキャベツやピーマンを渡してくんのも受け取って、いつも通りの俺らしく笑った。 多分、笑えていたはずだ。入間にはからかうような目を向けられたが。 入間が独歩に紹介した店に向かったのは、結局二十二時も手前になってからだった。焼肉屋で四三と入間が好みの女談義で盛り上がりまくってたのが敗因。あんなに喋る入間は初めて見た。 とはいえ独歩もどうせ残業をこなしているのだろうし、職場を出てから晩飯、二軒目と考えると、まあまあいい具合の時間ではあるんだろう。 三十路が三人並んで歩き、目的のバーに辿り着く。 店内にまだ独歩たちの姿はなく、今回は伊達眼鏡にウィッグまで使った完璧な変装っぷりで、俺たちは奥のテーブル席についた。各々酒を注文し、つまみにナッツとドライフルーツも頼む。 一息ついてから「失礼しても?」と煙草を取り出す入間に、四三が窺うような視線で俺を見やってきた。 入間が喫煙者なのはとっくの昔に知っている。俺が煙草をあんま好いてないことだって、入間も四三も知っている。 焼肉屋からこっち、ずっと我慢してくれてたんだろう。好いてないとはいえ、仕事上どう足掻いても慣れてしまっているものだ。「どーぞどーぞ」と手を振れば、四三もポケットから煙草を取り出した。 異なる香りの紫煙が宙に溶けていくのを、レザーのソファにもたれながら眺める。 四三と入間、それぞれの口から吐き出される煙が、俺にかかることはない。それがなんだか俺を場違いな気分にさせて、口内に苦味が滲んだ。 |