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それからも独歩は、俺と四三におすすめの店を訊いてきては松雪ちゃんと親交を深めているようだった。
俺と四三もタイミングが合えばデバガメを続け、親交は深めどなかなか進展しない二人にやきもきする。

そんな日々が三ヶ月程続いた頃、とうとう独歩にバレた。キッカケはたまたま店に居合わせた、四三のトモダチである。

「あれっ四三じゃん! なんか久しぶりー?」

それなりに大きな声で四三を呼び、隣に連れてる男を放置して背後から抱き付いた女。急降下していくテンションを感じながら目を細める俺の正面で、四三は珍しく視線を彷徨わせてから、観念したように「……よう、」と応えている。
らしからぬ反応だ、と思った直後、やや離れたテーブル席から「一二三、と、四三……?」という、驚愕に満ちた声が聞こえてきた。げ、と口元を引き攣らせる。四三もまた、気まずげに声の主から視線を逸らしていた。

「何でお前らが、ここに、仕事は……」
「え〜……あ〜……よ、よー独歩奇遇じゃん〜!? 今日俺っちも四三もたまたま休みでさあ〜!?」

取り繕ってはみるが、独歩は割かし察しのいいタイプの奴だし、俺も四三も不自然な伊達眼鏡に普段と違う格好だ。何をしていたのかなんて、すぐにバレる。
わなわなと震えだす独歩が噴火するのも時間の問題と思っていたが、予想外にも深いため息だけを吐き、ストンと落ちるように席へと戻った。

「独歩さんのご友人……ですか?」
「ああ……うん、そう。出来れば小学時代からやり直して、友だちになった過去を消し去りたいけど……未だかつてなく心底からそう思う……」

なんと返すべきか考えあぐねる様子で苦笑する松雪ちゃんの前で、独歩はただただ深いため息を繰り返す。
四三に抱き付いたままの女だけがよくわかってないように小首を傾げていて、ついでに放置された男は気にした様子もなくさっさと近くのテーブルにつき、メニューを眺めていた。

さすがにこの場で、俺と四三がいなくなったらお前三十路ぼっちじゃん〜! とか茶化す気は起きず、肩を落として反省の意に浸る。
独歩が心配だったのは事実だ。だけど、そこに多少なりとものからかいや、四三とサシで過ごせる時間に対する下心があったのも事実。自分の恋愛事情を覗かれて、独歩がいい気持ちをしないのは十二分に理解出来る。
独歩が怒らないのは松雪ちゃんがいる手前なだけであって、後で大噴火が如くキレてくるのだろうとは察しがついた。甘んじて受け入れるしかあるまい。

「ごめんな、独歩。そちらの――」
「あっ、観音坂さんの後輩で、松雪と申します」
「松雪さんも、申し訳ありません。俺は軻遇突智、あっちは伊弉冉で、独歩の友人です。親心ってのもおかしいんですが、友人の様子が気になって、ついデバガメじみた真似をしてしまいました」
「余計なお世話だ……」
「ん、わかってる。ごめん。松雪さんも、邪魔をしてしまい、嫌な思いをさせてしまって本当にすみません。また後日、改めて謝罪させてください」
「いえ……そんな、嫌な思いなんてしてないです。気になさらないでください」

女に一言断り、独歩たちの席へと近付いていった四三が頭を下げ、こっちに戻ってくる。ちゃっかり四三の座っていたイスに腰を下ろしていた女と二言三言交わしてから、俺へと向き直った。

「出るぞ」
「あ、うん……。……マジでごめんな、独歩。また後で」

じゃあねー、と敢えて空気を読まない様子で手を振る女と、小さく会釈をする松雪ちゃん、そして顔を上げない独歩をそれぞれ見やってから会計を済ませて店を出る。

帰路はなんとなく二人共黙りこくったまんまで、後のことを思うと気が重くなっていった。
はあ、と俺は肩を落としているのに、四三は普段と変わらない様子で歩きスマホをしている。しばらくしてからスマホをしまい、さっきの俺と同じようにはあと吐息を漏らした。落ち込んでいるような気配のある音ではない。

「独歩、マジギレ五秒前だったじゃん。何で四三そんななわけ?」
「俺も悪いことしたなーとは思ってるよ。でもあれ、多分大丈夫だと思うぜ」
「いやあ……俺は後が怖くてしゃーないけど……」

ポケットに両手を突っ込み、四三は背後を気にするような仕草を見せる。そうして正面に視線を戻してから、小さく笑った。

「松雪ちゃん、言い方がちょっとアレになっけどさ、今まで見てきた感じと今日の対応からして、典型的なお人好しだよ。善意の塊っつーか、この世の悪意を知らねーみたいな。このご時世でどう育ったらあんなイイコちゃんになれんのかなあ。ま、だから今頃独歩のこと宥めてくれてんだろ。帰ってくる頃にゃ独歩、呆れギレくらいはしてんだろうけど、ブチギレまではいってねーって」
「それはまあ……わかるけど。……つーか四三、反省の気持ちある?」
「今後デバガメする時は俺のトモダチに外で俺見ても声かけんなって根回ししとくべきだなって反省はしてる」
「うっわ、クズじゃん」

悪いことしたとは思ってるって、と空笑うが、その気持ちだって俺のそれと比べれば微々たるものなんだろう。
そういう奴だとは知っていたけど、なんとも言えない気持ちになる。

ご機嫌取りになるかもわかんねーけど、明日の晩メシは独歩の好きなもんにしよう。
帰り道でスーパーに寄り、四三と共に自宅へ向かった。
わざわざ怒られるためにうちまで来る辺り、四三にだって一応反省の意はあるんだろう。多分、きっと……と、酒を片手にあぐらをかいて、テレビの前に陣取る四三を眺める。


独歩が帰ってきたのは、それから一時間ほど後のことだ。
「ただいま。……四三も来てるのか」という声が玄関から聞こえてくる辺り、確かに怒りのボルテージは低そうだと思える。
四三はクッション、俺はソファに座ってる状態のリビングに入ってきた独歩は、まず上着を脱いでカバンと一緒に適当なところに置く。そしてテレビを消してから、ローテーブルを挟んで俺らの正面に腰を下ろした。

「弁解があるなら聞いてやる」
「いや独歩全然怒ってんじゃん! 四三の嘘つき!」
「俺が独歩をマックスキレさせた時はいきなりタブレット投げつけられた上に画面割れたの俺のせいにされたんだぞ? それと比べりゃ億倍怒ってねーだろ」
「言うことがないならお前たちとは一ヶ月絶交だ」

一ヶ月、と期間を定める辺りが独歩らしいが、それでも怒ってることに変わりはない。
慌ててソファの下に正座をする俺を見て、間をあけてから四三も姿勢を正す。

「えーと、俺っち、あの独歩がちゃんと松雪ちゃんと仲良くやれてんのか心配で。三十路童貞の初恋とか失敗に終わったら目も当てらんねーじゃん……?」
「大体同じだがぶっちゃけ途中から親友の恋愛沙汰ににやにやする会にはなっていた」
「四三は余計なこと言わないで!」

確かにそうはなっていたけども!!

「お前ら……、……ハァ……もういい。俺に迷惑かけんのはいいけどな、一二三と四三が覗き見てたのは、彼女のプライベートでもあるんだ。他の人に迷惑はかけるな」
「ド正論つら……」
「ぐうの音も出ない」
「とりあえず、まず俺になんか言うことは」
「「デバガメしてごめんなさい」」

深々とため息を吐き出し、姿勢を崩した独歩がネクタイを緩める。
そこからは「大体お前らはいつも――」と聞き慣れた小言が続くばかりだったので、確かに思ったよりはキレてねーなと感じた。俺相手にマジギレした時の独歩は、クソデカ舌打ちを一つ零して以降、最低一週間は無言を貫く。俺が何を言おうがしようが、ひたすら無視だ。四三に対してマジギレした時は、さっき四三が言った通り。
ぶつぶつとネガティブ気味の小言を続ける時は、そこまでじゃない。

心の中で松雪ちゃんマジありがとう、今度独歩伝いになんか美味い菓子とかお送りします……と独歩の女神に手を合わせる。そん時は四三にも半分出させますので……。ほんと邪魔してごめんね……。

「――だから、とにかくもう着いてくんなよ」
「それは約束しかねる」
「四三正直者すぎっしょ!?」

独歩の手がそろりとリモコンに伸びるのを必死に止めつつ、四三の頭をスパンとはたく。
「だって初々しい恋愛外から眺めんの楽しいだろうがよ! 俺にとっちゃ別世界なんだよ!」と叫ぶ四三は、多分若干酔っていた。そんな四三の胸ぐらを掴み始める独歩をまた必死に止め、俺は勘弁してくれと心の中でちょっと泣いた。

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