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数日後、この前と同じく独歩が休日で、俺と四三は仕事前の時間帯。独歩はわざわざ四三を俺らの家に呼び出してまで、リビングで深々土下座をキメていた。

「一二三、四三、一生のお願いだ、美味くてお洒落で女の子が好きそうで、俺でも入れそうないい感じの店を教えてください」
「土下座独歩マジでウケんだけど」
「これが藁にも縋る思いってやつなんだろうな」

パシャー、パシャーッ、と俺と四三のスマホからシャッター音が響いても、独歩は土下座体勢をやめない。いつもなら撮るな!!! ってキレてくるとこなのに。
つまりそんだけガチなんだろう。四三と顔を見合わせてから、スマホをしまう。写真は消さねーけどな!

「つーか一生のお願いなんか使わなくても、そんくらい全然教えっし! 顔上げろって独歩〜」
「そーそ。お前には俺らがンな薄情者に見えてたわけか? 寂しいなァ」
「そういうわけじゃ……いや、すまん。……でもお前ら、絶対茶化すだろ……」
「「まあな!!」」
「胸を張るな。……クソ、だから頼むの嫌だったんだ」

女の子の好きそうな店、って時点で、おそらく件の松雪ちゃんとやらと行く店を探してるんだろう。
わかりやすくて必死な親友を茶化しはするけど、その出会いは応援してやりたい。独歩が自分からこうやって動こうとしてる時点で、相当に珍しい展開だ。なんだかんだ言って心底惚れてんだろうなあ、と妙な微笑ましさを感じながら、四三に目配せをする。
俺の言いたいことを察した四三がこくりと頷くのを見て、口元がにやけるのを咳払いで隠す。俺がゲッホゴホンと喉を鳴らしている間に、四三は独歩の傍らにガラ悪くしゃがみ込んでいた。

「独歩が本気で松雪ちゃんを喜ばせてえって思ってんなら、俺も一二三も、いくらでも手を貸すっての。今更遠慮なんかすんな」
「遠慮じゃなくてお前達に茶化されるのが嫌なんだ。…………でも、頼む。俺は美味い店もお洒落な店も知らん……から、結局、頼めるのも一二三と四三しかいないんだ……」
「そー悲観すんなって、ナンバーワンホストの一二三と、この俺だぜ? 美味い店も女の子ウケ抜群の店も完璧に網羅してる。百人力だろが」

な、と歯を見せながら俺を見上げる四三に、頷いて返す。俺も独歩の正面にしゃがんで、「俺らに任せろって! 完璧なチョイスしてやっから!」と笑った。
数秒程、独歩はモニョモニョと口元をまごつかせていたが、しゃあなしと諦めたような表情で肩を落とす。

「くっ……お願いします」
「「任せろ!」」


 *


そっから更に数日後、俺と四三はカジュアル寄りのダイニングバーにやって来ていた。俺も四三も伊達眼鏡をかけ、ヘアセットや服装も普段と変えるとかいう完璧な変装っぷりだ。
端っこのテーブル席につく俺らが横目に見やるのは、カウンターに並んで座る独歩と女の子の姿。女の子は黒髪をさっぱりとまとめた小綺麗な後ろ姿をしていて、姿勢もしゃんと背筋を伸ばし、足も揃えている辺りに好感が持てる。
俺はタイミングと角度的に見えなかったが、顔を見たらしい四三が「いい女だな」と言っていたから、おそらく顔立ちも整っているんだろう。まあ独歩、面食いだしな。

数日前、幾つかの案を出してから三人でやんやと出勤ギリギリまで会議を繰り広げ、最終的にこの店が良いだろうという結論に至った。会社からの距離や値段、メニューの豊富さに酒の美味さ、当然どれだけ映えているかも忘れずに考慮した、完璧な選択であったと自信を持って言える。
独歩は珍しく涙目で「ありがとう……! 本当に助かった、ありがとう……! お前らが友だちで良かった……!!」と感謝しきりだったが、にやりと目配せをし合う俺と四三がどういう人間であるかを忘れてもらっちゃ困る。
独歩は大切な親友だ。その親友がなあ、三十路越えて童貞のまま、ろくすっぽ恋愛経験もなく後輩女子とデートなんてことになっちゃ、そりゃ心配で! 心配でね! 見に行ってしまうのもやむなしだろうと。
俺と四三も嬉しいやら悲しいやら、長年の親友であるのは事実なためそこらの感覚は完全に一致し、わざわざ今日、休みを取ってまでここに来ていた。暇人とかいうな、暇を作りあげたんだっつの。

「今んとこ問題はなさそうだな」
「な、割といー雰囲気なんじゃね? 女の子もたのしそーだし」
「女は野郎より嘘つくのうめーからなあ、そこはまだ何とも言えねえけど。でも店効果は絶大っぽいな、メニュー目移りしてら。かーわい」
「……まさか四三、狙ってねーよな?」
「狙わねえよバァカ」

「俺らもテキトーに頼もうぜ」と四三が開いたメニューに目を落とす。
この店はどちらかというと四三が常連で、俺は何回か使ったことがある程度だ。定番メニュー以外は定期的に一新するらしく、今も見たことのないメニューがずらりと並んでいる。俺まで目移りしてしまいそうだ。
とりあえずは店のメインメニューであるカクテルと、ローストビーフやらカルパッチョやら、適当に選んで注文を済ませる。四三がちゃっかり餃子を頼んでいたのには「ダイニングバーで餃子?」とツッコんでしまったが「あるんだからそりゃ頼むだろ」とあっさり返された。

独歩と松雪ちゃんも俺たちより一足先に注文を済ませていたようで、控えめに乾杯をしている。
「お疲れさまです」「お、お疲れさま」という声が微かに届いてきて、つい笑ってしまった。お疲れさまの一言ですらどもるくらい緊張してんのかよ、独歩。

「お待たせいたしました〜!」

茶髪の活発そうな女の子が、二つのグラスを手に俺らの席へとやってくる。怯えも恐怖もないが、まだ咄嗟の反応は出来ない。口を噤んでしまった俺の代わりに、四三が「ありがとうございます」と男の前じゃ見せない穏やかな微笑みで応対をしていた。
俺の前に置かれたグラスの中にはレモンとラズベリーが、四三のグラスには大量のミントが、ゆらゆらと揺れている。ほら、と何でもないようにグラスを向けられて、俺もだんまりのままグラスを手に取った。

「あいつの初デートに、カンパーイ、ってな」
「それ、俺ら全然関係ねー……」

ケラケラと笑ってから四三はグラスを煽り、三口ほど一気に飲んでいく。
ごくん、ごくんと規則的に動く喉仏に、俺は一口も口を付けていないのに、ごくりと喉が鳴った。

「ッハァ〜……やっぱここはモヒートだわ。うめえ〜」
「四三さあ、それビールじゃねーんだから」
「なにげに外で酒飲むの久しぶりなんだよ、許せ」

呆れ笑いを零しながら、俺もカクテルに口を付ける。甘酸っぱい炭酸が喉を痺れさせて、この場で抱くべきではない感覚を洗い流してってくれる気がした。

しばらくは普通に夕食を続けつつ、独歩と松雪ちゃんの会話に時折耳を澄ませる。店の中はそれなりにざわめいていて、声は聞こえたり聞こえなかったりだ。話の流れを汲めるほどじゃない。
四三は本来の目的なんて忘れたかのように、三杯目のカクテルを飲みながらローストビーフを摘まんでいる。
「このソースうめえな、今度エイコ連れてきてやろ。あいつ肉食だし」なんて独り言は聞こえなかったふりをして、そっと奥歯を噛み締めた。

「――じゃあ、独歩さん……ってお呼びしても、いいですか?」
「えっあっはい、いや、うん、是非……! ぜ、ぜひって言うのも、おかしいけど……!」
「ふふ、私のことも良ければ、名前で呼んでください」
「うぁ、あー……う、え、と……雅、さん……」

不意に耳へと届いた会話に、パッと独歩たちに視線を向け、すぐさま四三へと移す。四三もまったく同じ行動をしたみたいで、ぱちりと視線がかち合った。
うおおとやたら上がってくるテンションに、な!? これ、な!? と謎の頷きを繰り返した。進展キタ! 名前呼びをちゃんと決め合うとか初々しくてやべー! 俺が言うことでもねーけど! の思いだ。四三も多分、同じようなことを考えている。

食事も終わり、酒も飲みきり、じゃあ今日はそろそろ……と店を出て行った独歩たちを気持ちだけ見送ってから、俺は四杯目、四三は五杯目のグラスを揺らす。
しばらくして俺と四三と独歩、三人のグループトークに『せいこうした』『感謝しかない』『今度メシおごる』『お前らが友だちでマジでよかった』なんていう、翌日にでもなれば気恥ずかしさでスマホを叩き割るんじゃないかと思うようなメッセージが届いた。
最後まで俺らのこと気付かないくらい、浮かれてて、夢中で、必死だったんだなあ、独歩。
親友が歩み出した一歩に、酒の力もあって妙に感極まりながら、よかったな! とサムズアップする柴犬のスタンプを送る。四三もおめでと〜と手を振る三毛猫のスタンプを送っていた。ちろりと見上げた先で、四三は穏やかに目を細めている。

「なんつーか、アレだな。俺らはああいう初々しさを失っちまったんだな……って思うよな」
「いや勝手に俺っちの初々しさまで失わせないでくんね? 俺はまだあの初々しさ出せるから、全然独歩と並べっから」
「シンジュクナンバーワンホストにアレは無理だわ、諦めろ」
「俺っちが女の子にモテモテすぎるばかりに……!」

他愛ない話を続けつつ俺たちも酒を飲みきって、店を後にする。
夜風はほんのりと冷たくて、酒でうっすら火照った頬を撫でるのが気持ち良い。「あ゙ー……飲んだ飲んだ。有意義な休日だったわ」と店の外で伸びをする四三の顔も、ほんの少しだけ赤く染まっている。
こいつえろいよな、としばらく眺めていれば、睨めつけるような視線がちらとだけ向けられた。考えを悟られた気がして、わざとらしく口笛を吹く。

「……アイコ今日あいてっかなー」
「おま……四三……ええ……? このタイミングで女の名前出す……?」
「お前がエロい目ぇしてっからだろ、サカってんじゃねーよ童貞」
「ハァ〜!? サカってんのは四三だろこの非童貞! ヤリチン!」
「褒め言葉でしかねえな」
「ヤリチンはどう考えても褒め言葉じゃねえよ!!」

憤慨する俺を見やり、一拍をおいて四三はからからと笑う。笑いながら、出しかけたスマホをポケットにしまい、「帰ろうぜ」と駅の方向へ歩き始めた。
一瞬で怒りが消え去り、胸の内を安堵が満たす。それがどうしようもなく悔しくて、四三の背中を強めに殴った。四三はこれっぽっちも痛がってなかったけど。

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