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なーんてことがあったのが、二〜三年ほど前の話。
三十二歳になった俺と独歩はなんっもめでたくのない魔法使い称号をゲットし、四三は三十路を過ぎても尚、いつも通りゆったりふらふら遊び続けていた。

この数年で努力に努力を重ね、四三のオトモダチである女の子たちにも度々手伝ってもらい、俺は日常生活を問題なく送れる程度には女性恐怖症を克服した。
ジャケットを着なくたって、顔も合わせられるし目も見れる。さすがにハグとなると難しかったが、手を繋いだり、体が触れる程度なら一瞬身を竦ませるくらいで済んだ。
「となると後は、女探しだな!」だなんて、随分とノリ気な四三はわんさか女の子を紹介してくれたんだが、でもそれお前が抱いてきた女たちだろ、と複雑な思いになる。
女の子たちにも申し訳がないから素直にその気持ちを吐露すれば、また別の日に何人かの女の子を連れてきて「今回は健全な連れだから安心しろ」と俺の耳元で囁いた。

その瞬間、俺の耳は強い熱を持ったのだから、答えなんてわかってるようなもんだ。


「そいえば四三って、何で独歩には女の子紹介してやんねーの?」
「ハッ……! そ、そうだよな、何でだ四三、俺だってとうとう、魔法使いになって、オッサン童貞の名をほしいままにしてるのに、出会いだって、どこにも、ないのに……!」

独歩は休日、俺と四三はまだまだ仕事前の昼間。ラーメン屋で各々塩、味噌、とんこつラーメンを啜りつつ、四人前の餃子をつまみつつの会話だ。
四三はラーメンより餃子が好きで、ラーメン屋に来るといつも餃子を二人前三人前はぺろりと食べる。もちろんラーメンも食う。

俺と独歩の問いかけに、一口で餃子を食べた四三は「んー……」と呻りながら餃子を咀嚼する。視線は独歩に向けられていた。俺も独歩を見やれば、若干涙目になっていることに気付く。
四三が俺にばかり女の子を紹介している状況は、独歩なりに疎外感を抱くものでもあったらしい。単純にショックだったのもあるんだろうが。独歩の好きそうなタイプの子、いっぱいいたしなあ……。そういう子たちの存在は当然、独歩も知ってるわけで。
ごくん、と四三が餃子を飲み込み、水も流し込む。嚥下するたび動く喉仏をなんとなく眺めていた頃、ようやく四三は俺たちの問いに答えた。

「なんつーか俺、独歩にはフツーの恋愛してもらいてーんだよな。勝手な願望だけど」
「友だちからの紹介だって、普通の恋愛の範疇だろ……!」
「いや俺のトモダチって時点で大概が普通じゃねーし……。俺の連れやってる子たちも可愛いしイイコだけどな、独歩にはちゃんと、誰が見ても良い子だって言う女と付き合ってもらいたいわけよ。お前優しいし、ぐだぐだうっせーけど頑張ってんじゃん? 報われてもらいてぇなァーって、親友の俺は思ってるわけ。だから俺の大事なかわいい女の子たちは独歩にはやんねー」
「なんか良いこと言ってるけど、俺と穴兄弟になりたくないだけじゃないのか……」
「ぶっちゃけそれもある。さすが親友、察しがいいな!」

四三の大きな掌が独歩の頭をぐしゃぐしゃ撫で回す。こいつは時々、タメのくせしてこうやって兄貴ぶることがあった。特に独歩相手には。
当然独歩はやめろ! と声を上げ、四三の手を撥ねのけた上にゲンコまで落としているが。男兄弟の喧嘩みたいだと眺めながら、四三が独歩に向けた言葉を、頭の中で反芻する。

「つーかそれさあ、俺っちは普通の恋愛しなくていいっつってるよーに聞こえんだけど、そこんとこどうなん」

なんとも気まずそうな顔をして、まず独歩が硬直する。
正直それよりも、俺と穴兄弟になるのはいいのか? って点が気になってはいたんだが。さすがにそれを、独歩の前で口にするのは憚られた。
気まずげにきょろきょろすんのは独歩だけで、四三は特段気にした様子もなく、そういう意味じゃねえよ、と背もたれに背中をつける。

「一二三はまずそもそも、まだお試し期間中じゃん。イチから好きな子作って、いざ触れてみてダメでしたってなって、フラれてでもみろよ。目も当てらんねえ。だから話の分かる俺のオトモダチで、まずは女に慣れようなってとこだろ。んで触れるわってなったんならヤり慣れてる女とヤっといて、後は好きな子作りゃいい。三十路童貞はキツいだろ」
「俺も童貞なんだが」
「お前は童貞でも許されるツラしてっからいーんだよ。一二三なんかホストでこのツラだぞ、絶対地雷持ちだと思われるぜ」

「童貞でも許されるツラって何だ……」と独歩が思考の渦に飲まれているのを横目に見て、四三に視線を戻す。「親友様の気遣いだぞ」なんて、俺の気も知らず笑っていた。
四三の言い分はわかるし、独歩が童貞でも許されるツラしてるって点を除けば正しい気もする。そこに関しちゃ俺もわかんね。独歩の背景に宇宙が広がっている気もするが、まあ放っておいても大丈夫だろう。ネガティブループに陥ってる時よりかはいくらかマシそうだ。

「四三は、自分のためにそーしてるだけっしょ」

極々、小さな声で呟く。四三には聞き取れたようで、目を細めてから鼻で笑った。当然だろ、と音にならない唇だけの言葉。その向こうに覗く赤い舌を見つめる俺の視線に、四三はいつだって気付いている。
気付いた上で、現時点では全部、無いものとして扱っている。

俺が未だ、可能性を全部試してないから。どうしても四三じゃなきゃダメだ、四三だけがいいというレベルにまで至ってないと、四三が思っているから。
四三がどれだけ俺を大事な親友だと思ってくれていたとしても、四三は男なんて、抱きたくも抱かれたくもないから。四三は俺よりも余程真剣に、俺の可能性を模索している。
俺が泣いて喚いて、机もクッションもなんもかんも、投げつけたくなるくらいには。

しんと静まりかえった俺たちの空気を割いたのは、ぴこん、と間の抜けたスマホの通知音だった。慌てた様子でスマホを取り出すのは、独歩だ。
アワアワとスマホを操作していた独歩の顔が、直後、ばふ! と音すら聞こえそうな勢いで真っ赤に染まる。俺が首を伸ばし、四三も身を乗り出した。

「ほぉ〜ん、松雪雅、ねぇ。なんだよ独歩、出会いあるんじゃんかよ! メシ誘われてんじゃん!」
「違っこれはその、違う! そういうのじゃないっ! 第一人のスマホを勝手に覗くな! 四三もってちょっオイマジでやめろスマホ返せ!」

独歩が俺に怒りを向けている間に、ひょいと四三が独歩からスマホを奪い取る。画面をスクロールしているあたり、おそらく独歩と松雪さんとやらとの会話履歴を追ってるんだろう。
俺が言うのもなんだけど、プライバシーもクソもねえな。

「一二三も言ったけど、マジで独歩、出会いあるんじゃねーか。俺の女取ろうとしてる場合か。はぁ〜ん、つまりセクハラ残業で参ってた後輩をたまたま独歩が助けた形になって、お礼にちょっといいとこの菓子もらって、そっからちょくちょく話すようになったわけな。んでまた独歩が松雪ちゃんの仕事手伝ってやったから、そのお礼にご飯行きませんか、と。ほお〜う」
「あっ! 前俺が食おうとしたらすっげーキレてヒプノシスマイクまで取り出そうとしてきた菓子、それか!? あん時俺めっちゃ怖かったんだかんな!?」
「何でアプリの会話だけで四三はそこまでわかるんだよエスパーか……!! これが恋愛経験値の差なのか……!? つーか返せ、もう見るな、なんも読むな! あと菓子は勝手に食おうとした一二三が悪い!」

ブチギレ一歩手前の独歩を二人でどうどうと落ち着かせ、俺は「めんごめんご〜!」、四三も「わりーわりー」と謝り倒す。
「全ッ然、謝罪の意が見受けられないんだよ、お前らの謝罪は……ッ」と地の底から響くような声で呻り、独歩は千円札を机に置くと、そのまま店の出口まで歩き始めてしまった。ドスドスと、肩を怒らせながら。

「ああっちょ、独歩待てって!」
「俺金払っとくから、追いかけ役頼んだ」
「こういう時ばっか四三すぐ逃げる〜! ああもう、独歩悪かったって! 待てってー!」

後で金返す! と四三に告げてから、俺も慌てて店を出る。駆け出す瞬間視界に留まったのは、へらりと楽しそうに笑う、四三の穏やかな目元だった。


――なんて、俺と四三がどうこうなるまでの話、みたいな感じで始めたけど。
これは実際のところ、独歩が後輩の松雪さんとやらとどうこうなるまで、俺と四三が応援しつつもデバガメしちゃう話なわけで。もちろん俺もワンチャンは狙ってくけど、なかなかどうしてまったく上手くいかないんだな、これが。

ま、四三の言うフツーの恋愛ってのは独歩に任せたから、俺は俺ですきにやってくことにする。
これまで俺が抱いてきた嫉妬も、想いも、願いも、全部今でも変わんねーんだよ。俺はやっぱり四三が好きだし、どれだけ四三がかわいいと自慢する女の子を紹介してくれても俺はその子たちに嫉妬しか出来ないし、どう足掻いても隣に立つのは四三がいい。
あん時は茶化したけど、四三相手ならケツだって差し出すし。
自分の中で納得して理解した感情は、今更あの日のように誤魔化しは出来ない。見てろよ四三、魔法使いの三十路は強いぞ。ちょっとやそっとのことじゃ、へこたれても諦めてもやんねーからな。

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