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来る土曜日。
独歩は緊張しっぱなしでまったく寝付けなかったらしく、俺が仕事から帰ってきたらリビングのソファに突っ伏していた。
「ああ、ひふみか……おあえぃ……」とぼそぼそ呟かれた声は掠れてるし呂律が回ってないしで、おあえぃ……とかいう謎言語がおかえりであると理解するのに数秒を要した。

「もしかずっとソファいたん!? 寝ろよ!」
「ねようとはしたんだ……帰って即メシくって、ふろはいって、日付かわるまえにはベッドにはいった。でもだめだった……もうだめだおれは……おれの墓には雅さんが好きだって言ってたウイスキーを供えてくれ……」
「死ぬな独歩〜! あと俺っち松雪ちゃんの好きなウイスキー知らねえ!」

とりあえず独歩を部屋まで引きずって行き、「まだ集合まで時間あんだから寝ろ! 時間になったら起こしてやっから、な!? 子守歌でも歌う!?」と声をかけながらベッドに投げ入れる。独歩は「いらん……しゃんぱんたわーの雪崩れに巻き込まれる夢見そうだ……」と口の中でもごもご呟きながらも、ベッドに沈んでいった。
しばらく無言で眺め、寝付いてはいないが睡眠モードには入ったらしいことをなんとなく察してから、そっと部屋を出る。


そろそろ家を出るという時間になった頃、独歩は悩みに悩んで買ったらしい勝負服を身に纏って、絞首台にのぼる囚人のようなツラをしていた。
二時間程度は眠れたらしいんだが、顔は土気色だし隈の色も濃い。死んだ顔でブラックコーヒーをがぶ飲みしている。

「あ゙〜……もうこうなりゃヤケだ、よし、当たって砕けてくる」
「一周回ってちょっとポジってんのウケるな……。ていうか砕けちゃだめっしょ!? 身ぃ固めてこよ!?」
「骨は一二三と四三で拾ってくれ、雅さんにそこまでの面倒はかけられん」
「いや、幼馴染みが爆発四散するとことか見たくねーよ俺っち」

持ってんのはジョッキだったかと見紛う勢いでマグカップを煽り、コーヒーを飲みきった独歩が立ち上がる。
「いってくる」と今度は死地に向かう戦士のような顔をしていて、ちょっと笑ってからその背を強めに殴った。

「独歩、お前ならだいじょーぶだって! 今から女の子とデートすんのに、ンなこえー顔してどうすんだよ! ほれ笑顔笑顔!」
「……一二三、」
「告白云々は一旦忘れてさ、デート楽しんでこいよ。俺っちと四三も応援してっから!」

ほれほれ〜! と玄関まで追いやり、財布くらいしか入ってないスカスカのバッグを押し付ける。ぱちくりまばたきをしながら受け取った独歩の顔が、少しだけ和らいだ。

「……そうだな。せっかくの休日なんだ……楽しんでくる」
「そーそーその意気! いってら独歩!」

扉が閉まるまでブンブン手を振って、足音が遠ざかっていくのを聞きながらすちゃっとスマホを取り出す。
にっこり笑顔のまんま、四三にメッセージを送った。

『独歩今出た』『俺らどこ集合にする?』
『あいつら駅前集合だろ? その近くでメシ食おうぜ』
『り』『映画は前売り買っといたよ』
『でかした』

じゃあ駅前のカフェで、と店名を告げられ、オッケーのスタンプを送ってからアプリを閉じる。

諦めに足を掬われてても、目的がそうじゃないとわかっていても、緩んでいく口元と浮かれる気持ちは抑えきれなかった。
わかりやすいデートコースを進んでいく独歩と松雪ちゃんの後を追うんだ。そんなら俺と四三が過ごす一日も、デートみたいに思えて仕方なかった。

 
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