1 その女は、誰から見ても優しく、儚げで、清らかな存在だった。 めちゃくちゃに、壊したくなる程に。 ――… 「よう、なまえ」 「花宮先輩、おはようございます」 ふわりと微笑む。肩胛骨辺りまで伸ばしたまっすぐな黒髪が小さく揺れて、甘い香りが鼻をくすぐった。 入学式の日、初めて見た1つ下の女に、俺は目を奪われた。 どこからどう見ても完璧な女。聖母だ天使だと馬鹿みたいに周囲から持て囃されていた女は、しかしその賛美に驕ることもなく、いつも献身的に周囲と接していた。 「今から委員会か?」 「はい。なので今日は部活には…」 「ああ、いいんだよ。俺が呼んだ時だけ来てくれれば」 俺はその完璧すぎる女に近付き、懐に入り込んだ。 ちょっと頼み込めばすぐに首を縦に振る。扱いやすい馬鹿な女だと思った。生まれ持ったお人好し、って奴か。反吐が出る。 バスケ部のマネージャーが急に辞めた、人手が足りなくて困っていると。 眉尻を下げて本当に困っているように。「申し訳ないんだけど、君が暇な時だけでいいからマネージャーをやってくれないかな」と頼めば、この女は「私がお力になれるのなら」と笑みを浮かべて頷いた。本当に、扱いやすい。 それももう数ヶ月前か。 誰にでも優しいが、特定の誰かと深い仲になってはいないなまえ。 いつも一緒にいる友人、といった存在もいないようだった。好都合。 そんな奴が、学校で、部活で、ふと気付いた時には俺といつも一緒にいる。傍から見れば俺とこいつは付き合っているように見えるだろう。誰にでも優しく、何でも出来るお似合いの恋人同士。ハッ、鼻で笑える。 俺が本当はこんな奴だと知ったら。 お前はどう思うんだろうなァ?可愛くて優しいなまえちゃんよ。 「じゃあ、花宮先輩。また明日」 「ああ、明日な」 軽い会釈をして委員会の物だろうプリントを手に小走りで去っていく女を、ゆっくりと目で追う。 揺れる黒髪。長くも短くもないプリーツスカートから覗くすらりとした太もも。 お前を壊したら、どうなるんだろうか。 めちゃくちゃにして、絶望させて。天使の羽根をもいでみせたら。 お前は俺と同じところまで、堕ちるんだろうか。 それが見たくてたまらない。 |