黄瀬君へ


待ってたんスよ!
さささ、あんま綺麗な部屋じゃないッスけど、くつろいでくださいッス。
あでもモデルの部屋だし物珍しかったりする?オレの私物持って帰っちゃダメッスよ?

…え、あ、オレのことモデルって知らない?あ、そうッスか…。

そ、そうだ。
飲み物は何がいい?コーヒー紅茶、コーラかカルピス、何でもあるッスよ。
…水でいい?…ほんと、弟なんスね、メーカーは?はは、やっぱあの人とおんなじだ。
ちょっと待ってて、注いでくるッスから。


訊かれる前から話すのもなんかあれッスけど、オレ、あの人のこと好きだったんスよ。
今となっちゃ、それが愛情だったのか憧憬だったのか、わかんねッスけどね。

やさしくて、厳しくて、オレ達のためにくるくる動き回って、でもそれが楽しそうで、あったかい人だなあって思ってた。
オレなりに、荷物持ったげたり一緒に帰ろうとしたり、差し入れ褒めまくったり…あっ差し入れはでもホントに美味かったんスよ?…とにかく、あの人に近付けるように、頑張ったんスけど。

オレをフった女の子は、今にも後にも、あの人だけッスわ。
…すません、そんな顔しかめないで欲しいッス…。


でも、ま、オレとしては、あの人が赤司っちといる姿も絵を見てるみたいで好きだったし、きっと憧れだったんだろうなーとは思ってるんスよ。
嫉妬は…そりゃあ、したけど。
それ以上に2人はお似合いだったし、あの人も赤司っちのこと大好きみたいだったから。
オレ、好きな人の好きなモンは、大事にしたいタイプなんス!


あの人は、やさしかったッスよ。
オレを甘やかして、甘ったるい夢ばかり望む見せかけにしか興味ないそこらの女たちとは違う。
オレがゲスい奴だって知っても、見下してる奴なんかたくさんいるって知っても、あの人はオレに笑いかけてくれた。叱ってくれた。
オレ、母親以外の女の人に叱られたの、アレが初めてだったんス。
びっくりしたなあ、あの人ってほら、怒りそうにない顔してるじゃないッスか。
そんな人に超笑顔で顔面殴られたんスよ!?背ぇ届かないからって助走つけてジャンプして、しかもグーで!
…ちょっ、なに笑ってんスかぁ!

…何で怒られたのかって?
オレが女の子達からもらったラブレター全部読まずに捨ててたからッスよ。あ、ちょ、あの人と同じ表情で拳かまえんのやめて。
あれ以来はちゃんと読んでるから!


えーっと、まあ、オレの話はこんなとこッスわ。
…へ、手紙?
そーゆーのあるんなら早く見せて欲しかったッス!
ちょっと貸して……ってあれ、一言だけ?


 「壁なんて壊してください」


え、や、ちょ、なんのことか、わかんない、んスけ、ど…。
途切れ途切れに漏らす黄瀬さんに、ああまた姉はロクでもない事を書き遺していたんだろうなと悟る。
しばらくその内容を脳内で反芻していたのか、静止していた黄瀬さんは、不意に手紙をテーブルに置くと、ぼろぼろと大粒の、綺麗な涙を流し始めた。
思わず、ぎょっとする。
そういえばあの日もこの人は、小さな子供のようにぼろぼろ泣いてたなあと、額を押さえた。

お水、御馳走様でしたと立ち上がり、お辞儀をする。
黄瀬さんは大粒の涙を浮かべたまま、笑って、俺にありがとうと告げた。
背を向け、その言葉の真意を考える。わからない。

姉を想い、姉の幸せを祈っていた人から見た、姉の姿。
想像通りではないそれに、今度は笑みがこぼれた。
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