黒子君へ



通い慣れた、幼馴染みの家。
あの日以来、…姉ちゃんが死んだ日以来。どうにも行きづらくて、気付けば半年も疎遠になっていた。
それをあの人は、どう思っているんだろうか。

家の呼び鈴を鳴らす。
最初に出たのは彼の母親で、俺の名前を告げればやや驚いたように幼馴染みを呼んでくれた。
会話が途切れ、小さなノイズが鳴る。
数分待てば、家の扉が開いた。

「久しぶり」
「…お久しぶりです」

あの頃と変わっていない、強いて言えば少し身長が伸びただろうか。
見慣れた空色の髪の毛を揺らして、彼は俺を家に招き入れた。

通された彼の自室で待っているよう告げられ、大人しくクッションの上に腰をおろす。
暫くして麦茶とちょっとしたお菓子を手に部屋に戻ってきた彼を見上げ、曖昧に笑った。


――…


半年ぶり、ですかね。
元気そうで安心しました。
でも、少し痩せましたか?

僕が言えたことじゃないですが…あまり、無理はしないでくださいね。
なまえさんも、自分のせいで君が倒れてしまうようなことがあったら、ついこっちに戻ってきちゃいそうですから。
…むしろ、戻ってきてくれた方が、僕も君も、存分に文句が言えて良いかもしれませんが。


懐かしい、ですね。

昔もこうやって、部屋で一緒に遊んでました。
僕と、君と、なまえさんと。3人で。

本を読んだり、ゲームをしたり。
外に出て、バスケをしたり。

夏場に外へ行くと、僕は白いままなのになまえさんと君だけ真っ黒に焼けちゃって、なぜか怒られた記憶があります。

部屋でゆっくりしていたい僕を引き連れて、いろんな所に連れていってくれましたよね。
川や、山。近くの公園。ちょっと遠くにあるストバス。広い図書館。
隣町まで探検に行って、帰り道がわからなくなって3人でわんわん泣いた事もありましたね。
…すみません、笑ってしまって。


他の5人の所へは、もう?
…そうですか、お疲れ様でした。

なかなか、アクの強い方達だったでしょう?
君はあまり、彼らと関わろうとはしていませんでしたから。
なまえさんがいたから、ですよね。
僕もそうです。


十年、ですよ。
僕と、なまえさんが一緒にいた期間。
たったの十年です。
これから僕は、高校を出て、大学に入って、社会人になって、結婚して、父親になって、おじいさんになって。
そして、死ぬんだろうと。
自分の周りにいる人たちが、みんなそうやって、何十年も生きてから安らかに死んでいくんだろうと。

なぜか僕は、そう思っていました。

自分の身近な、同じ年の子が、幼馴染みが、たったの13、4年で亡くなってしまうだなんて、想像もしませんでした。
昨日まで一緒に笑い合っていた子が、次の日にはもういない、だなんて。
誰が想像します?


でも、それをなまえさんは、想像していたんですよね。
だから僕に、……僕たちに、こんなものを遺した。
手紙を書く元気があるのなら、直接言ってくれれば良かったんです。

病気の事も、自分の想いも、全部。
だからって何が出来るわけじゃありませんけど、それでもやっぱり、僕は言ってほしかった。

大切な、幼馴染みですから。


青峰君と、黄瀬君と、緑間君と、紫原君と話をしながら。
赤司君と、手を繋いで。
僕の隣にいてくれる。

それだけで、良かったのに。


――…


窓の向こうの空を見上げて、何を考えているのかわからない表情を浮かべる。

姉ちゃん、やっぱり、姉ちゃんの行動は間違いだったよ。
心配かけたくないからとか、早く忘れて欲しいからとか、さ。無理だって。
こんな手紙遺して、未練たらたらなのは姉ちゃんじゃん。

もっと生きたいって、みんなと一緒にいたいって、言えば良かったのに。

言えない気持ちも理解できるけど、納得は出来ない。

だって、こんなにも俺の幼馴染みは、…俺と姉ちゃんの大事な幼馴染みは、後悔してる。
姉ちゃんの力になれなかったから。何も出来なかったから。

「……手紙、中を見ても、良いですか?」
「…もちろん」

ぺり、と封の開かれる音がする。
小さく紙がすれる音がして、現れたのは今までの手紙とは違って、綺麗な空色の便せんだった。

くすりと、幼馴染みは文面を目にしたのだろう、笑みをこぼす。

「書かれてたこと、知りたいですか?」

懐かしささえ覚える、いたずらっ子のように目尻を細めて。
俺は静かに首を左右に振った。
それは、俺が目にするべき物じゃない。

「それは……、黒子さんへの手紙だから」
「、黒子さん、ですか。そんな呼び方しているの、なまえさんが聞いたら声を上げて笑いそうですね」

うるさいとも何とも言えず、黙り込む。
漸く口から漏れ出た言葉は「姉ちゃんには聞こえないよ」といった、ため息混じりの物だった。我ながら、情けない。

「聞いてますよ、きっと」

ふわりと微笑む幼馴染みに、またため息が漏れた。

それは困る。
もう、あの姉には。ゆっくり眠りについてもらいたいものだ。
死んでまで心配されてはたまったものじゃない。

俺の考えを察したのか、幼馴染みはまたくすくすと笑う。

「来週、僕の通っている高校のバスケ部1年生組で、ストバスに行くんです」
「、いきなりなに」
「メンバーが5人しかいなくて。君が入ってくれたら、ちょうど3on3が出来るんですが」

どうやら、俺を誘ってくれているらしい。
なんだか肩の力が抜け、呆れたような疲れたような、そんな感覚に襲われながら眉尻を下げた。対して、口角はゆるく上がる。

日曜ならあいてる。そう素っ気なく返した俺に、幼馴染みはまたあの、いたずらっ子のような笑みで俺の頭を撫でた。


「寂しい、ですね」
「そうだね、」

ゆっくりと、言葉を漏らす。


姉に一番近くて、姉と…俺を、大切に思ってくれている。
そんな人から見た、姉の姿は。

俺から見ていたそれと、ひどく似ていた。

 「信じて、歩み続けてください」

20130526 end

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