行動は思いよりも尊い [3/4]


シエミは一年続けたバイトをやめた。幻影旅団は狩り場を変えた。
シエミとフィンクスは付き合うこととなり、移動した先の新たな狩り場で、関係を始めた。
新天地で借りたアパートは小さなワンルームだ。幻影旅団がいつまでこの街にいるのかをシエミは知らない。バイトをしなければ生活費に余裕を持てないが、長期バイトをすればいざという時バイト先に迷惑がかかるだろう。単発バイトと短期バイトの情報誌を眺めつつ、シエミは片手間に携帯をいじくる。
携帯には新たな連絡先が追加された。それは勿論、フィンクスのものだ。シエミの心臓が奏でる音は、とても穏やかなもの。

今のシエミが生きているのだから、当然、フィンクスはシエミを殺さなかったということになる。フィンクスはシエミを殺さなかった。殺そうとすらしなかった。
それでも約束はした。
「いつかは殺してやる。それまでは俺に付き合え」と。その「付き合え」は恋人になれという意味の付き合えではなく、買い物に付き合えだとか、そういう意味合いの「付き合え」であるようにシエミは受け取った。
思い出してみれば、彼は慈善で殺しなんかまっぴらだ、と言うような男だったのだ。何かしらの報酬、見返りがなければシエミを殺してはくれないだろう。
なるほどと納得し、シエミは頷いた。頷いて、フィンクスの手を取った。実際に取ったわけではなく、比喩なのだが。

毎日ではないにしろ、フィンクスは度々シエミの部屋を訪れた。
シエミが単発のバイトを入れれば仕事先にも現われたし、差し入れなんかもしてくれた。思わぬ献身っぷりにシエミは驚きつつも、喜ぶ。当然のことだろう、シエミもフィンクスを好いている。それは事実なのだから。
好いているからこそ、彼に殺されたいのだ。


どっか行きたいとこあるか、とフィンクスからのメールが入ったのは、土曜日の午後だった。バイトが終わったのは二十時過ぎで、五時間も前に届いていたメールにロッカールームで気が付く。
ひとまずは着替えを済ませ、なんて返したものかと考えながら店を出た。すると店の軒先に、フィンクスが立っている。よう、と軽く手を挙げた。シエミも小さく頭を下げる。

「いつから待ってたんですか?」
「終わる時間はだいたいわかってたからな。それまではテキトーに時間潰した。来たのはついさっきだ」
「そうですか。言ってくれれば、もっと急いだんですけど……フィンクスは迎えに来てくれる時、いつも連絡してくれないですよね」

最初の頃はフィンクスさんと呼び続けていたんだが、なんか気持ちわりーからやめろ、とそれはすぐに矯正された。年の差もあるので敬語はやめないが、シエミとしてもフィンクスと呼ぶ方が慣れてはいるので、大人しく従っている。
二人並んで、夜道を歩く。風は涼しいのに、フィンクス側の半身だけが火照っているような気がした。シエミに恋愛経験はあまりない。目的がまったく別種のものだとしても、その過程がこれであれば、恥ずかしさを持つ程度の感性はある。

フィンクスがシエミに、自分の居場所をわからせるような連絡を入れない理由は、一応でも理解していた。
シエミと二人の時はそんな様子をまったく見せないが、それでも彼は幻影旅団の一員なのだ。自然、彼の持つ敵は多い。そのほとんどを殺してきたとしても、恨みの連鎖は続いてく。
だからこそフィンクスは、シエミを少しでも巻き込まないようにしているのだろう。隣を歩くフィンクスの気配は希薄だ。人目に付かないよう、絶をしているのかもしれない。シエミは念能力を持っていないから、多分そうだろうと思うことしか出来ないが。

その不器用な優しさを、シエミはありがたく享受していた。
シエミは死にたがっている。それは既にフィンクスも、理解したかろうとしたくなかろうと、理解してしまっている。
だとしてもシエミは、誰に殺されてもいいわけではないのだ。死ねれば何でもいい、というわけではない。
フィンクスの手で殺されること。それだけがシエミにとって唯一の目的で、生きている理由だ。それ以外の何かによって死んでしまえば、シエミは成仏出来ないだろう。その死には何の意味もないのだから。
だからシエミは、フィンクスの不器用な手で、守られ続ける。その手がいつか、自分を殺してくれる日を、夢見て。

「んで、メール。見たんだろ」
「ああ……うーん、そうですね。行きたいとこ、あんまりパッとは浮かばないんです。そもそもこの街のこともあんまり知りませんし」
「二、三日程度なら、その……あれだ。遠出も出来るぜ」

ぱちくりと数度、まばたきをする。シエミが顔を上げた先、フィンクスは照れくさそうに首の後ろ辺りを掻いていた。
つまりは旅行のお誘いだ。付き合いを始めてから一ヶ月足らず。その時期に旅行をするのが、早いのかどうなのか、シエミにはわからない。
手すらまだ繋いだことがないのに、二人きりで旅行。一般的にどうなのかはわからないが、シエミにとっては早すぎることのように思えた。

だとしても、シエミは拒否なんてしない。
これはいわば、前払いなのだ。フィンクスに殺してもらうため、フィンクスに払う報酬。正直シエミとの旅行がフィンクスにとってどの程度の報酬になるのかは知らないが、シエミを好きだと言うフィンクスなのだから、それなりのものではあるのだろう。
前払いを積み重ねていけば、いつかは殺してもらえる。もちろんシエミだって、フィンクスとの遠出が嫌なわけじゃない。むしろ夢物語のように、それはとても嬉しいものだ。

「帰ったら、ちょっと調べてみます」
「おう。決まったら連絡しろ、何時でもいいから」
「わかりました」

頷いたところで、アパートに辿り着く。じゃあなと背を向けるフィンクスに手を振って、シエミも背を向けた。
たまに訪れはする。でも決して、泊まりはしない。
やっぱり、フィンクスなりにシエミを大切にしてくれているんだろう。なんとなく手の早そうな人だと勝手に思ってはいたんだが、そんなことはなかった。
大事にされている。こそばゆいような感触を味わいつつ、シエミは胸元に手を添えた。とくん、とくん、と穏やかに脈動を奏でる心臓は、生きていることを実感させてくれる。

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