一段落がつき、先輩と遅めのお昼ご飯を軽く食べてから、今度はフィンクスの元へ向かう。正〜直タカト先輩よりフィンクスに謝るのが先だろとは思ったんだけど、やっぱり私の最優先は先輩なのだ。ごめんなフィンクス。
さてはて、フィンクスはどこにいるのかなと家を出てから円を広げる。ところが仮アジト内にフィンクスの気配はなく、私は一人立ち竦んだまま首を傾げる羽目になった。
お仕事はないはずだし、どこかに出かけるとも聞いてない。まあフィンクスがふらっとどっか出かけるのに私の許可を取る理由も必要もないんだし、聞いてないのは当然なんだけど。
にしてもどこ行ったんだろ。

とりあえずいないものはしょうがないので、私は他の面々へと謝罪行脚に向かった。
昨日は迷惑をおかけしましたごめんなさい! を人数分連呼し、その度に安堵だとか心配だとかの感情を向けられる――ことはなく、ほぼほぼ全員に小言をいただいた。心配してくれたのはコルトピだけだった。若干ぷりぷりはしてたけど。かわいいからよい。
戦闘中に気を抜くとこや、戦闘以外のことに意識を向けすぎなところ、戦闘考察力があまりにもお粗末すぎるとこなんかを何度も注意されて、思う。
幻影旅団、結構過保護だ。
いうほど仲良く出来てないウボォーですら、五分ほど小言を言い続けていた。「その内死ぬぞ」と呆れ混じりに言われた時なんか、思わずお礼を言ってしまったくらいだ。全然会話のキャッチボール出来てなかった。
ともかくどんな形であれ、みんなに迷惑を、心配をかけてしまった事実は重々再認識した。後でお詫びの品でも買いに行こう。何がいいかな。酒かな? 未成年だけど酒買えるかな?

一通り謝り終えた頃にはもう夕方となってしまっていたんだが、やっぱりフィンクスは戻ってこない。もしかして離脱したのかとクロロの元に行ってみたけれど、ただ出かけてるだけみたいだ。帰る時間ばかりは、さすがのクロロも保護者ではないので知らない。
ううん、どうしよう。
半ば無意識に煙草を手にとってしまい、口に咥えたところではたと視線を落とす。多分寄り目になってんだろうなと片隅で考えながら、ジッポライターの蓋を開けたり、閉めたり。フィンクスは帰ってこない。

結局火をつけてしまった煙草の煙を、ぼんやり、目で追う。

多分、フィンクスは私に謝られたいとは思っていない。このタイミングでわざわざ外出したんだ、顔を合わせづらいんだろう。
……なんて、希望的観測に過ぎないけれど。顔を合わせづらいと思ってるはず、気まずいと思ってるはず。そんなのは私の願望に過ぎなくて、実際は顔も見たくないくらい怒ってるだけかもしれない。昨日の私は相当ウザかっただろうし。我ながら何であんなウザ絡みだったのか。

「……そもそも、」

目を伏せる。煙を吸い込み、細く吐きだす。
そもそもフィンクスは、今でも私を殺すべきだと考えてる側の人間なはずだ。ウボォーや、一通りの事情を知ったフランクリンと一緒。フランクリンに関しては、邪魔になったら殺せばいいだろ、くらいのスタンスのようだけど。
それでも旅団内に、私は居るべきじゃないと考えてる人がいるのは事実で、その中に、というかほとんどその筆頭がフィンクスなのも、事実だ。
ほんの少しくらいは、絆されてくれてるだろうとは思う。希望的観測でも、願望でもなく、出来うる限り客観的に見たつもりの、事実として。でなければフェイタンだけに声をかけた私に、俺にはなんもなしか、なんて言葉は出てこない。私の存在を、気にかけてくれてはいる。認識はされている。
だとしても、それだけ。殺すべきだという意見までは、きっと変わってない。周りがそうしないから、他のみんながそこそこ大事にしてるモノだから、殺さないだけ。
きっかけがあれば、実行してしまう可能性なんて、いくらでもある。

そのきっかけが昨日のことだったらやだな〜……と、遠い目。
プチ禁煙後の喫煙だったから若干のヤニクラを感じつつ、ほとんど吸わないまま燃え尽きかけていた煙草を携帯灰皿に落とす。

殺すべきだと思っている、不穏分子の女。それでも煙草を買ってくれたり、私があんまり好きじゃなかった味の煙草をもらってくれたり、声をかけてくれたりはした。
なんだかんだと、優しさは持ってる人。

「――出来ればこれ以上嫌われたくないんだけど、私はどうしたらいい? ……フィンクス」

背後の気配に、振り向くことはせず、呟く。
帰ってきたその人からは、私とは違う煙草の香り。近付かず、けれど離れることもなく、私の背後に立っている。殺そうと思えば殺せる状況。殺されようと思えば、殺されることの出来る状況。
だけどフィンクスは、何もしなかった。カチッとライターの音がして、煙草の香りが濃くなる。

「まずテメエを、好きだの嫌いだの考えたことはねえ」
「それはそれで傷付くなあ」
「昨日のこた忘れろ。お前は俺に迷惑かけた。俺はお前を殴り飛ばした。それでおあいこだ」
「まあ私は無傷だったけどね……」
「テメエのそういうとこはムカつくぜ」

吐き捨てるような言葉に、少しだけ笑ってようやく振り向く。
その辺に煙草を捨てようとしたフィンクスに携帯灰皿を投げ渡せば、大人しくその中に吸い殻を入れ、投げ返された。軽く投げた割に剛速球だったんだが、なんなくキャッチする。舌打ちをされた。

「ごめんね、フィンクス」
「だから昨日のことは、」
「昨日のことだけじゃなくて、最初っから、全部。きっとフィンクスは私を本当に殺したかっただろうに、私はここに居座っちゃったから。フィンクスの危惧は当然のものなのに、私の意志はそれを無視しちゃうから。だから、ごめんなさい。これからも私はここに居たいし、離れたくない。それはつまり、フィンクスの考えを踏みにじるってことにもなると思う。これからも、私がこの世界にいる限り、ずっと」

だから、ごめん。目を背けたい気持ちになりながら、フィンクスの目をじっと見つめた。謝ってるくせして、喧嘩を売っているような態度だ。
フィンクスが目を細める。怪訝そうにも、不機嫌そうにも思える表情。
何を言ってるんだと思われたか、はたまた。
結局は沈黙に耐えきれず、私から目を逸らした。再び背を向けて、煙草を咥える。ゆっくり、ゆっくり、火種の温度を上げすぎないよう、弱く煙を吸った。自分を落ち着かせるように。

足音はしない。けれど気配が、一歩ずつ近付いてくる。そうして勢いよろしく、ガゴンッ、と頭上に何かがぶつけられた。
いってえと声をあげながら、ぶつけられたものを視認する。スーパーかコンビニのような袋に入れられた、缶のようだった。袋とド真顔のフィンクスとを交互に見やりつつ、とりあえず中を確認する。酒だった。

「え、あの、なに」
「俺たちゃ盗賊だ。欲しいものは奪う。いらねえもんはさっさと捨てる。いらねえもんを手元に置いとくなんてこたしねえ。いらねえもんは捨てて、見向きもしねえで、忘れて、終わりだ」

フィンクスの手が袋から離れてしまったので、慌てて受け取る。
ビールだけでなく、甘そうな酎ハイだとか、期間限定らしき酒も中には混ざっていた。旅団の誰も飲まないだろう、ほとんどジュースみたいなものらしい、ピーチ味のものとか。
思わず見上げたが、フィンクスはとっくに私を通り過ぎていた。落としてしまったままの煙草にも気付かず、名前を呼ぶ。振り向いてはくれないのが、フィンクスらしかった。

「飲んで忘れろ。俺が、ミズキを殺すのは、テメエが要らなくなった時だ」

呆然と、その背を見送った。じりじりと煙をあげ続ける煙草を、フィンクスの背から目を逸らさないまま、踏み消す。微かに届く、地面と靴底が焦げる音。
酒の入った袋を手にしたまんま、どうしようもない気持ちで、笑った。

「私、未成年だってば」




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