※先輩視点



俺がミズキの様子を見に行った時点で、ミズキは既にコルトピとこっち側に引き返していた。タカト、と俺の姿にまず気が付いたのはコルトピで、いまいち反応の仕方がわからないまま軽く手を挙げる。
しょぼくれた様子のミズキは、俺を見ることすらしなかった。

「さっきのデカイ音、どうしたんだ?」
「フィンクスがキレてミズキを殴った。ミズキはガードしてたし、見ての通り無傷だけど」
「……フィンクスは悪くないよ」

あんにゃろ、とこの場にいないフィンクスへ苛立ちを向ければ、ミズキがぼそりと呟く。怒りが萎びていくのを感じながら、一歩、ミズキに歩み寄った。
避けるでもなく、顔を上げるでもなく、無反応。傷口が膿むような痛みが、胸の辺りに広がっていく。

「今日はもう寝る……寝て過ごす……これ以上フィンクスに嫌われたら死ぬ……ただでさえあんま好かれてないのに……」
「ぼくはミズキのこと大好きだよ」
「ウッ……私もコルトピ大好き……」

ぐすぐすと鼻を鳴らしつつ、ミズキはコルトピに抱き付く。その様子をぼんやり、まるで絵かなんかのように眺めながら、無意識に目を背けた。
とりあえず戻ろうぜと、顔も背ける。

俺の存在が、居ても居なくても変わらないような、そんな気がした。

シャルとクロロのいる場に戻る。ミズキたちが話しているのを、俺は一歩離れた場所で眺めていた。
ミズキは相変わらず俺を見ない。俺がいることにすら気付いてないんじゃないかと思うくらいだ。じくじくと胸元が痛む。ゾルディックに行った時のとは、違う痛み。
なんだか妙に居づらくて、クロロに「先に家戻っとくわ」とだけ告げ、踵を返した。

「あ、待って先輩」

なんでもないことのように、声をかけられる。ここに俺を先輩と呼ぶのは、一人しかいない。
でも、いつものミズキに呼ばれた気は、まったくしない。

「今日は多分、パクの家に泊まります。後で服とかは取りに行きますけど」
「そか。……わかった」
「……先輩、気にしないでくださいね?」

背を向けたまま返答すれば、どことなく怪訝そうな声を向けられる。
ゆっくり振り返った先、ミズキは、困ったように眉尻を下げ、笑っていた。

「私が刺されたの、先輩のせいじゃないですし。むしろ全体的にナイスアシストでした。今回のことは私の不注意です。だから、」
「――にするに、決まってんだろ」

思わず声が漏れる。言おうとも思わなかった言葉。今度こそ怪訝そうに、ミズキが首を傾げる。

気にするに、決まってんだろ。俺がもっと注意してれば、俺がもっとちゃんと動けてれば、ミズキはこうならなかったかもしれないんだ。
直接身体に害があるわけじゃない。だからといって、じゃあよかったとはならない。そんなのは結果論だ。あの蜂がもし、もしも、ミズキの命を奪うようなものだったら。他の能力を持つものだったら。
お前は今、ここにいなかったかもしれないのに。
仮にミズキの不注意だったとしても、俺が気にかけてれば良かった話だ。俺がもっと、ちゃんとしてれば、防げたはずなんだ。
気にするなだなんて、無理に決まってる。

「無理なんだよ、気にするな、なんて」

俺たちはこの世界に二人きりなのに。唯一なのに。
なのに何で、そんな、不思議そうな面するんだよ。俺に心配される理由がわかんねえみたいな、顔、してんだよ。

何でも話して欲しいと思ってた。それでもミズキは、きっと俺に負担をかけたくないからって、今でも隠してることはたくさんある。
天空闘技場に行く前に考えてたことだって、きっと今もミズキの中で解決してない。それでも大したことじゃなかったと言った。笑って、俺から目を逸らした。
俺は出来る限りミズキの支えになりたいのに、一緒に荷物を背負いたいのに、ミズキは何でも一人で抱え込んでしまう。それでももう、試験の時みたいに何かを隠したり探ったり、って関係には戻りたくないから、俺は決めたんだ。
何が起きても、俺はミズキの味方でいようって。
旅団とクラピカの確執はある程度察してはいる。そこに対して、ミズキが悩んでんだろうともわかってる。両者が対立してしまった時、ミズキがどう動くかはわからない。でもどう動いたとしても、俺はミズキの支えであろうと決めた。荷物を渡してもらえないのなら、せめてその背を支えてやろうと決めた。
ミズキも俺を心配してくれている。きっと、大事に思ってくれている。それがわかってたから、覚悟を決めることに、迷いなんてなかった。

でも、ミズキに、俺の支えなんて不要だと、思われてしまったら。俺の手を、払われてしまったら。
俺はいったい、何を支えに、

「家に戻るんだろう、行くぞ、タカト」

ぽんと背中を叩かれ、我に返る。ゆるゆると顔を上げれば、クロロが再び俺の背中を叩いた。ほとんど押すような強さで、家のある方へ無理矢理歩かされる。

「シャル、コルトピ。ミズキのことは任せた」
「りょーかい」
「わかった」
「誰かに任されるほどの状態ではないのだけど……」

そんな声を背後に聞きつつも、クロロはぐいぐい俺を押していく。
数歩そのまま進んでから、いい加減自分で歩けるって、とクロロの手から逃れた。そうか、だなんてあっけらかんと頷かれ、クロロは俺の隣に並ぶ。
無言で、さして離れてない家まで歩き続けた。
全部見透かされてるような気がして、なんとなく恥ずかしくなる。俺も、ミズキも、この世界でも異常と言われるくらい強くなったけど……それでもメンタルは普通の高校生だ。平和な日本で平和ボケして生きてきた、ただのガキだ。
俺が抱える違和感も、怯えも、恐怖も、不安も、全部、クロロたちには見透かされてるんだろう。そう思うと、やっぱり恥ずかしい。自分のガキくささを突きつけられている感じがする。

「タカト」

家まで辿り着いたところで、クロロが口を開く。
俺の視線の先に立つのは、文字通りそのまま、住む世界の違う人間だ。仮に同じ世界で生まれたとしても、きっと普通に生きてれば関わらなかっただろう人間。
なのに今はすぐそこにいて、当然のように俺の名前を呼ぶ。俺もクロロを、家族のように思っている。
今更だけど、変な感じだ。
ミズキがこの世界を知っていなければ、多分、こうはならなかったんだろうな。

「欲しいものは欲しいと言え。要らないものはさっさと手放してしまえ。お前のしたいことがあるならば、言葉にしろ。行動に移せ。でなければその手には、何も残らないぞ」
「いきなり、何の話だよ」
「お前の話だ、タカト。一人で抱え込む癖があるのは、ミズキだけじゃない」
「……、」

ほら見ろ、やっぱり見透かされてる。

「ともかく、明日には元通りだ。今日はお前も寝た方がいい」
「まあ、そうだな。……そうするよ」




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