※シャル視点



敵の念能力は、インプリンティング――つまり、すりこみのようなものだった。雛鳥が初めて目にした動くものを、親鳥と判断して後を追う行動。瞬間的にもかかわらず、長期に続く学習能力。
蜂が刺した対象を一時眠らせ、対象が目を覚ました時、一番最初に目にしたものを親愛の対象とさせる。
蜂に刺されたミズキが一番最初に見たのは、フィンクスだった。だから今のミズキは、誰よりも、何よりも、フィンクスを一番に想っている。

「効果は二十四時間。つまり、明日の今頃までミズキはこのままってこと」
「二十四時間か……長いな」
「たった一日、されど一日、ってね。除念師がいればなあ」

能力を聞き出し終えた敵はウボォーに任せ、団長と二人、ため息を吐く。
向けた視線の先で、ミズキは「ついてくんな!」「うぜえ!」とフィンクスに暴言を吐かれながらも、「だって〜……!」とかなんとか言いながら後を追い回していた。終いにはフィンクスも猛ダッシュしてんだが、旅団内でも特別素早いフェイタンと余裕で手合わせが出来るようなミズキだ。困った様子もなく、後を追い続けている。
雛鳥と親鳥、というよりは鬼ごっこをしているみたいだ。それを見てるコルトピのオーラはえげつないし、俺も見てて楽しいもんではないから、微笑ましさなんてのはまったく感じないけど。

「一応、除念ならミズキが出来るけど……」
「本人があの様子じゃあ、無理だろうね」

団長の向こう側に立っていたタカトの言葉を引き継ぐ形で、否定を入れる。
再び、今度は三つのため息。

ミズキの気持ちにタカトは気付いてないんだろうとは思ってたけど、タカトなりに思うところはあるらしい。コルトピほどではないにしろ、フィンクスとミズキを眺める視線には剣呑さが滲んでいる。
俺としてはこのまま無自覚でいて欲しいんだけど……どうなることやら。
はーあ。ミズキが最初に見たのが俺だったならよかったのに。それかせめてパクかコルトピ。
何でよりにもよってフィンクスだったのか。

「だァからついてくんなっつってんだろ! タカトのとこ行けタカトの! シャルでもコルトピでも何でもいいから!」
「やだよフィンクスの近くにいないとなんか不安なんだもん〜! フィンクス私と喋ってくんないし! いっつも先輩の相手ばっかしてるし! たまには私ともお出かけしようよ、フィンクスと出かけたの最初の一回だけじゃん! それも先輩とのデートで私とは別行動だったし!」
「いやデートではねえよ男同士だろうが!」
「じゃあ私とデートしよ」
「何でそうなるんだよ!」

にしてもなんというか……。

「違和感が尋常じゃないな」
「それ」

言おうとした言葉を団長に言われてしまったから、同意だけする。
そう、違和感が酷いんだ。今俺は一体何を見てるんだ? って気分になる。

元々ミズキは、フィンクスとさほど仲良くない。団員の中だと女性陣を除けば、コルトピ、俺、フェイタン辺りと話してることが多いはずだ。あとノブナガ。
フィンクスとウボォーは最初、ミズキを殺しといた方がいんじゃね派だったのもあって、ミズキは一定の距離をとっていた。勿論必要あれば話もするし、ミズキとタカトが帰ってきた日のバーベキューでミズキとウボォーが乾杯してる姿も目にした。
いわば顔見知り、友だちの友だち、くらいの距離感を保っていたはずだ。

そんなミズキが、自らフィンクスに絡んでいる。しかも割とウザ絡みの方向性で。
となれば当然、今までに慣れていた俺たちからしても、フィンクス自身からしても、抱く違和感は計り知れないだろう。尋常じゃない、を遙かに超える違和感だ。
夢でも見てる気分。完全に悪夢だけど。

フィンクスとミズキの姿は見えなくなっていたけれど、声だけは微かに聞こえてくる。
変わらず「どっか行け!」「やだです!」といったやりとりを続けているようだ。ミズキは念能力のせいってことにするとしても、フィンクスも飽きないよなあ。
俺ならミズキがあんだけ熱烈に追いかけ回してくれるんなら、いっそそれとなくホテルにでも誘導するのに。実際するか? って言われたら多分しないけど。でも使える状況は自分に優位になるよう使うよね。
だとすると、フィンクスがミズキに好意を持ってなかったのはラッキー、とも言えるか。でもあいつ、なーんか無自覚なだけの気もするんだよなあ。敢えて距離をとってるっていうか、どう接すればいいかわからないから離れてる、みたいな。
これを機に自覚されるのはめんどくさい。フィンクスも、タカトも。

「このままだと夜になってもフィンクスを追いかけ回していそうだな」
「いっそ縛って隔離でもする?」
「さすがにそれはミズキが可哀相だろ……つーかミズキをどうやって縛るんだよ」
「タカトの念能力ならいけるんじゃない」
「……どうかな。どっちにしろやんねーけど」

三度目、三つのため息が漏れる。

「パクに適当なホテルまでミズキを連れてってもらって、そこに今日は泊まらせるとか」
「パクの言うことでも聞きそうな様子じゃないが……」
「じゃあどうするんだよ。放置? 夜になってもフィンクス追い回すってことは、風呂もベッドも一緒ってことになりかねないだろ」

ちらと団長の視線が俺へ向けられる。
しまった、と思ったと同時、「随分とピリピリしているな」と口端を上げた表情で言われてしまった。一瞬だけ眉を顰め、顔を背ける。肩を竦めながら投げた視線の先では、姿の見えないミズキたちがまだやんやと言い合っていた。

「団長こそ、大事な娘役が男と一晩過ごしていいわけ?」
「そうだな……それは許せん。まだ早い」

マジで父親役になりきってるつもりだなこの人、の目を向けてから、考えをまとめていく。

実際、ミズキを捕獲してフィンクスから離れた場所に隔離する、ってのは難しいだろう。俺のアンテナを刺せればあるいは、とも思うけど、そこまですると元に戻った後のミズキが怖そうだ。まずアンテナを刺す段階までいくのが至難の業だろうし。
タカトの念能力なら俺よりも容易だろうけど、さっき言ってた通り、タカトはミズキに攻撃なんてしない。そもそもタカトの能力は――やろうと思えば出来るはずだが――人間に向けるものとして作られてない。つまり今回の件に関して、タカトの手を借りることは不可能だ。タカトだって見ていたい状況じゃないだろうに。

「まあ無難なのは、ミズキを眠らせる、あるいは気絶させる……かな。実行するとしたら俺らの誰かがやるんじゃなくて、フィンクスが、ってことになるけど」
「確かに、今のミズキにもっとも警戒されず近付けるのはフィンクスだけだ。近付けるというか、ミズキから近付いてきてるんだが」
「フィンクスに話せる余裕があればいいんだけど。数秒でいいからミズキを離せないかなあ」

なんて話をしていれば、遠くから鈍い破裂音のようなものが響いてくる。オーラの感じからして、おそらくフィンクスがとうとうブチギレたんだろう。
厳密に言うとミズキは団員じゃないけど、ほとんど団員みたいなもんだ。団員同士のマジギレは禁止。止めに行くべきだろうか。
タカトが「俺、ちょっと見に行ってくる」と心配そうな様子で走って行く。なんとなく見送ってから、団長にどうする? の視線を向けた。考え込んでいるのか、返事はない。

このままうっかりタカトとフィンクスまで喧嘩をおっぱじめる、なんてことになったら面倒だし、とりあえず俺も行くか。
そう決めたのはタカトが走って行ってから数分も経っていない時だったのに、歩きだそうとした瞬間、三つの気配がこちらに向かってくる。

拗ねてんだか落ち込んでんだか、目線を地に落としてとぼとぼと歩くミズキ。そんなミズキを連れて、タカトとコルトピが戻ってきていた。




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