「うう……ハゲ……うわあハゲだ!」 「どんな夢を見ているんだお前は」 みんなの溜まり場となっている宴会場かっこ多分の隅で、バッと起き上がる。かけていたタオルケットが落ちていくのが見えた。 あ、ああ……朝か……すっげえ変な夢見た。 昨日、というか多分日付的には今日は、寝るまでシャルといろいろ話をしていた。楽しかった。 その後はいい加減寝ようと思っていくつか部屋を見て回ったのだけど、いい具合の部屋はなく。ちゃんとした探索は起きてからにしよう、と結局この大部屋の隅で丸まったというわけである。おかげで全身がバッキバキだ。 「聞いてるのか?」 「ウワ……夢じゃなかった……」 「殺されたいのか」 私からいくらか離れた場所で本を広げていたクロロに、じとりと睨まれる。 昨日の今日でここまでナメくさった態度をとれる自分はなかなかだと思うけど、なんかこのクロロも若干キャラ崩壊してるっぽいし、単純にクソめんどい感じなのでこうなるのも仕方ないと思ってほしい。シリアスな時は相応の態度とるから許して。 あくびを一つ漏らしてから落ちたタオルケットを畳み、大部屋の外へと向かう。確かどっかに使えるシャワールームがあるってシャルが言ってたはずだ。二階だったのは覚えてるんだけど、どこだったかな。 着替えは無いけどせめてシャワーくらいは浴びたい。推しと片想いの相手がいる環境なのだ。綺麗な格好でいたい乙女心。 でもここ廃墟なのに、何で水とか電気が通ってんだろう。謎。助かるからいいけど。 私が昨日ぶち破ったドアを乗り越えて廊下に出ようとしたところで、クロロに呼び止められる。 何だよまたパシりかコラせめて風呂くらい入らせろや、の顔で振り向いた。 「後でパクたちに街へ連れてってもらえ。服もそれしかないんだろう」 「……どういう」 「衣食住の面倒はみてやる、と言ったはずだ」 言われたことが理解出来ず、頭の中でポクポクポク、と音が鳴る。チーン。数秒でようやく理解した。 つまり、服とか靴とか日用品とか、必要なものを奢ってくれるってことか!? ヒュー! さすが幻影旅団団長様は太っ腹だぜ! 「やったーありがとうクロロ!」 「ようやく名前を呼んだな」 えっハゲの方がよかった……? と困惑顔で返せば、無言で空き缶を投げつけられた。めっちゃくちゃ痛かった。ていうかなんかちょっと変な感じがしたんだけど、もしかして空き缶に念纏わせた? バカなの? やっぱりこの人はハゲでいい気がする。 +++ 買い物に付き添ってくれるのは、パクだけでなくフィンクスとコルトピもらしい。どこから盗ってきたのか一台の車が用意されていて、既にフィンクスが運転席に乗り込んでいた。 な〜んかフィンクスには敵意むき出しにされてるっぽいから、あんま近づきたくないんだよなあ……推しなんだけど……。まあ多分、フィンクスはタカト先輩の付き添いだろう、ずいぶん仲良くなってるようだし。でも何で先輩とフィンクスの気が合ってるんだろう。不思議。 答えがわかるはずもない謎について考えつつも車から目を逸らし、傍らに立つコルトピへ身体を向ける。 「街に行くって聞いたけど、どの辺りに行くの?」 「昨日ミズキとプリンを買いに行った辺り」 「じゃあ走って行ける距離か……」 「大丈夫よ、今日は車だから」 げんなりとした私に、パクがくすりと笑う。ウワ……美人……目の保養……。 行き先を確認したところで、さて行きますか、と車に乗り込む。前述の通りフィンクスが運転席、助手席にパクが座って、後部座席に私、コルトピ、タカト先輩だ。コルトピが隣で楽しそうにしているのは大変にかわいいし嬉しいのだけど、先輩の隣も座りたかった……とちょっぴり遠い目。座ったら座ったで、緊張しすぎて吐きそうだけど。 目的地は街の中にあるデパートらしく、車で二十分かからないほどの距離だった。この距離を走って往復した自分とコルトピが怖い。 「ミズキ、この距離走ってきたのか……」 「そこは気にしないでください先輩」 先輩にも若干引かれてしまった。つらい。 でもタカト先輩も多分普通に走れると思う。 目的地のデパートは、実際店内に入ってみれば複合施設というより、百貨店寄りの建物だった。一階がコスメフロア、二階が婦人服、的な。 確かに百貨店でも一通り必要なものは揃うだろうけど、ちょっとお金かけすぎじゃないかね。ただの女子高生のこの空気はキツいものがある。場違い感すごい。服とかユニでクロな感じの店どころか、しまでむらな感じの店で充分なんだが。化粧もしないし。 完全に、え……むり……こわ……状態になってしまった私なんて気にも留めず、ついでにマジで俺らここで買い物すんの? 状態な先輩のことも気にせず、パクは慣れたように店内を進んでいく。絵になっている。 対してジャージで歩いてるフィンクスの浮きっぷりがすごい。本人はまったく気にしてなさそうなとこもすごい。 「じゃあ私はミズキと見てくるから、フィンクスとコルトピはタカトをお願いね」 エレベーターの前で立ち止まったパクが、私たちに振り返る。まあそりゃ男女で別れるのが妥当だろう。下着とかも買うことになるんだし。 と思っていれば、「ぼく、ミズキとがいい」とコルトピが私にすり寄ってきた。かわいいオブかわいい。戸惑いの表情を向けてくるパクに、私なら気にしないよ、と笑顔を向ける。 「じゃあ一緒に行こー、コルトピ」 「うん」 私より背が低いってのもあるからか、コルトピってなんか弟っぽいんだよねえ。リアル弟とは外見も中身もまったく似てないけど。うちの弟もこんくらいかわいければなあ……煙草吸ってる時点でアウトか……。 ともかくコルトピはかわいい。一緒にお風呂入って髪洗ってあげたいレベル。それかせめて髪乾かさせてほしい。 「なら、フィンクス、タカト。また後でね」 「おう」 「二時間後に一階の喫茶店で落ち合いましょう」 「わかっ……二時間!?」 そんなにいらねえだろ、という先輩の声は聞こえないふりをして、じゃあまた後でー! とやって来たエレベーターにさっさか乗り込む。紳士服売り場は別棟なので。 パクの発言に一瞬びびりはしたけど、こんなおっきい百貨店で財布気にせず買い物出来る機会なんざそうそうないし。女の買い物は時間がかかるものらしいし。多めに見積もって損はないはずだ。こうなったら全力で楽しんでやる。 なにより財布、クロロ持ちだし。いつかは返すよ。 その後は気に入った服を片っ端から合計五袋、どっさりと購入し、下着や靴下類なんかも必要なだけ購入。ついでにアクセなんかもちょろっと買って、パクに化粧品まで見繕ってもらってしまった。 ふええ……なんで人生初の基礎化粧品がデパコスなの……とそこでようやく我に返った。乙女心は存分に満たされたしレベルアップした気もするけど、さすがにこの量この値段は心が痛むわ。ごめんクロロ、マジで天空闘技場行った後とかに絶対返す。 きっちり二時間で一階の喫茶店に向かえば、フィンクスとタカト先輩は完全に死んだ顔で窓の向こうの鳩を数えていた。 テーブルの上には二杯ずつのコーヒーと紅茶。どうやら結構待たせてしまったらしい。連絡くれればもうちょい急いだのに。 「お、お待たせしました……」 「一時間ちょいな」 「そ、そんなに。うわあすみません……!」 心なしか先輩が不機嫌に見える。そりゃあ慣れない場所で一時間も待ちぼうけくらったらこうもなるか。 そしてそれ以上にフィンクスがあからさまに不機嫌だ! こええ!……こ、怖え!! 「ミズキ、そんなに謝らなくても大丈夫よ。フィンクスたちも、そう怖い顔しないの。ミズキが泣きそうになってるじゃない」 「エッ」 びびってはいるけど泣きそうになってはいない。んだが、そのびびってる顔が泣きそうな顔にも受け取れたらしい。 パクのフォローを聞いたタカト先輩とフィンクスの顔が私へと向けられる。そうして次の瞬間には、わかりやすくおろおろとし始めた。いや、あまりにもちょろくない? おい泣くな、怒ってねえよ安心しろ、泣くなよわかってるな、おら、あれだ、ケーキ食べるか? と、特にフィンクスがめちゃくちゃおろおろしている。注釈入れとくと、昨日私のことを殺せばいんじゃね? とか言ってたのこの人です。 「いや、さすがに泣きはしませんから……」 苦笑混じりに落ち着かせようとするも、フィンクスのおろつきっぷり、というかご機嫌伺いレベルの反応は止まらない。先輩も表情が強張っている気がするし、これ単に私が泣きそうだからおろおろしてるわけじゃないな? と背後を振り向いた。ら、コルトピが引くほど二人を睨んでた。 やだ……私ちょう愛されてる……。 そんなこんながあったけども無事に買い物は終了し、帰路につく。 仮アジトに辿り着いてからは解散〜という流れになり、私はコルトピがほとんどの荷物を持ってってくれたので、軽いものだけを持って車を降りた。 この仮アジトにいつまでいるのか知らないけど、そろそろ部屋を決めないとなあ。出来れば屋上に近いとこがいいけど、上の階に行けば行くほど崩落がひどい。修理も考えとくべきか。 悩みながら歩いていれば、そういえば、と最後に車を降りたフィンクスに話しかけられる。まさかあっちから声をかけてくるとは思わなかったので、大袈裟に両肩を揺らしてしまった。 「お前、煙草吸うんだな」 「フォワッ!?」 続けられた言葉に、変な声も出た。 「んな世界の終わりみてえなツラすんなよ。……シャルに聞いたんだよ」 しゃ、シャルさんんん!? あんま人には、特に先輩には絶対の絶対の絶対に言わないでね!! って言ったのに! 何でソッコー話してんの!? 突然の裏切りに声も出ないよ! 顔を覆い、この恨み晴らさでおくべきか……と考えこんでいれば、がさ、と頭に何かが当たる。感触からして、箱か何かが入った袋みたいだ。顔を覆っている手をどかして、視線を上げる。 「シャルに頼まれたからな。適当にメンソの煙草いくつか買っといた。気に入ったのがあればシャルにでも言えよ」 「ま、まじすか……」 ごめんシャル全然恨んでない! 神様! シャルナーク様ありがとう! フィンクスもあんだけ敵意むき出しだったのに、わざわざこんな何種類も買ってくれたのか。袋を受け取り、せり上がってきたうれしさを必死に飲み込む。どうしよう嬉しい。ツンからのデレはときめく。 「いや……もうほんとに、心の底から嬉しい。ありがとう! これで生き延びられる!」 「本当にヘビースモーカーなんだな」 「……フィンクス、は吸わないの?」 若干おそるおそる名前を呼んでみたんだが、フィンクスはさして気にした様子もなく「吸う時は二箱いかねえくらいだな」とあっさり答えてくれた。 一日足らずで対応変わりすぎでは? とちょっぴり冷静になるレベルだ。 「それ、余ったら俺かシャルにでも渡せよ」 「あ、うん。ほんとにありがとう」 「礼ならシャルに言え」 ひらひらと軽く手を振って、フィンクスは仮アジトの中に消えていく。ぼんやりとそれを見送って、少しだけ考え込んでから、首を振った。 とりあえず、屋上行って煙草でも吸うか。 ← → 戻 |