※先輩視点



「ミズキ! おい、ミズキ……ッ!」

どうにか落ちてきたミズキをキャッチしたものの、ミズキは目を覚まさない。気を失っている、というかどうやら眠っているらしいことはわかるんだが、こんな急に眠るのも、俺がどれだけ呼んで身体を揺らそうと起きないのも、おかしい。
よく見れば首筋の一カ所が赤く腫れている。群れから離れていた蜂に刺されたのか、と気付きはするが、それがどんな能力を持った蜂なのかまではわからない。
もし、このまま、起きなかったら。嫌な想像が脳裏をよぎって、ぞっとした。
気持ちとしてはこのまま何度も名前を呼び続けたかったんだが、侵入者たちがいつ目を覚ますかもわからない。ここは安全じゃない。

ひとまず土を操作して侵入者たちを一纏めにし、そのまま土と木の根で拘束した。あの怪我じゃ抜け出すことは不可能だろう。あとは帰ってきた旅団のみんなが……どうにかするはず。
その、どうにかする、の内容をわかっていても、俺は背を向けた。納得出来るわけじゃない。認められるわけでもない。それでも今優先すべきは、ミズキだ。

ミズキを抱えて家まで戻り、一階に寝かせてからクロロに電話をかける。
仕事とやらの真っ最中なら出ないかもしれないと思ったけど、意外にもワンコールで電話は繋がった。
どうした、と冷静な声の向こうに、喧噪が響いている。それでもクロロの静かな声を聞けば、少しだけ焦る気持ちが落ち着いた。
俺が焦ったところで現状は変わらない。クロロたちならなんとかしてくれるはずだ。出来る限り冷静であるよう努めて、何が起きたのかを説明していく。

「仮アジトに侵入者が来て、俺とミズキで応戦した。一応勝って、そいつらは拘束してるけど……ミズキが敵の念能力――蜂に、刺されて目を覚まさない。気絶って感じじゃなくて、今んとこは普通に寝てるっぽいけど、何しても起きねえんだ」
「そうか……わかった」

すぐ帰るって言うだとかミズキを心配するだとかはなく、通話はあっさりと終わった。通話終了の文字が浮かぶ携帯をしばらく眺めてから、それでもクロロならなんとかしてくれるはずだと、再び考えて携帯をしまう。

「……ミズキ、」

肩を揺らすが、ミズキはやっぱり起きなかった。
寝息すらも聞こえず、規則的に上下する胸元の動きでようやく、眠っているとわかるような状態。
いつだかにヒソカが「ミズキの寝方って、死んでるみたいなんだよねえ」と笑っていたことがあった。ハンター試験の時だ。あいつに同意はしたくないが、今のミズキを見ると納得してしまう。

生きていることを確認するように。どういうものかわからない念能力が、せめて、ミズキの身体に害あるものではないように。
祈るような気持ちで、ミズキの手を握りしめた。


 +++


一時間ほどが経って、クロロたちが帰ってきた。ミズキは目を覚まさず、相変わらず眠り続けている。
蜂を用いた念能力者の特徴を告げれば、クロロ、フィンクス、ウボォー、シャルの四人があいつらを拘束している場所へ向かっていった。多分、シャルの能力でそいつを操作するんだろう。他の奴らは……今は、考えないことにする。
コルトピとパクノダはこの場に残り、不安そうにミズキを見つめていた。俺が握っていない方の手をコルトピが握り、パクノダはそっとミズキの頭を撫でている。

大丈夫。……大丈夫な、はずだ。大丈夫に、決まってる。

数分もしないうちに、クロロたちは戻ってくる。シャルが気を失ったままの男を一人、引きずっていた。目を覚まさない以上、操作したところで口を割らせることは出来ないらしい。
全員がミズキを見下ろす形で集まる。フィンクスとウボォーだけは俺の背後に立っていた。

「本当に眠ってるだけ、みたいだね」
「睡眠薬のようなものか……眠らせて拉致するつもりだったのか、それとも無力化させるだけか」
「だとしたらタカトも刺さないと意味ないんじゃない?」

シャルやクロロがどういった念能力なのか考えてるけど、答えは出ない。
ミズキの手を握りしめたまま、早く起きてくれ、と願った。無意識に、握る手に力がこもる。

それは本当に、不意に、だった。
ぱちりと瞼を開いたミズキが、ぼんやり宙を眺めている。あまりにも突然のことで、俺たちはすぐに反応出来なかった。
あまり興味なさそうにしていたフィンクスとウボォーだけが、「起きたぞ」「大丈夫か?」とすぐさま声をかける。一応心配は、していたらしい。
二人の声に導かれるように、ミズキの瞳が動いた。金色の瞳に、フィンクスの姿が映る。ぱち、ぱち、ゆっくりまばたきをしてから、ミズキの視線が俺へ、そして他のみんなへと順繰りに移っていった。

「どしたの、みんな」

きょとん、という表現がしっくりくるような表情だった。
腹筋だけで身体を起こし、俺とコルトピに握られたままの手を不思議そうに見下ろしている。そしてようやく合点がいったのか、ああ、と呟いた。

「侵入者が来て……えっと……刺されたんだっけ?」
「身体は、なんともないのか」

クロロの問いかけに、ミズキは数秒頭をひねる。

「特には。毒系の能力だったんじゃないかな。私、毒効かないし」
「それなら、じゃあ何で眠ってたんだって話になるけど」
「そういやそうだね……何でだろ。睡眠薬は毒じゃないって判断だったか、なんかこう……あれじゃん? 電気信号的なアレだったんじゃない? 知らんけど」

ミズキは、至って普通の様子だった。いつも通り……むしろいつもよりあっさりしてるくらいだ。
俺は何でか手を離せないでいて、でもそれも、ミズキは気に留めていない。

「ミズキ……、その、本当に大丈夫、なのか」

ちらと俺へ向けられた視線は、申し訳なさそうなものだった。それが何故か、作った表情のように思えて、背筋がぞくりとする。
やんわりと離された手は、妙に冷たく感じた。

「大丈夫です。油断大敵ですね、次から気を付けます。ご心配おかけしました」

いやに他人行儀な、声音だった。

「……本当に大丈夫なのか、お前」

思わずといった風に、フィンクスがミズキへ顔を近づける。俺のすぐ横にある顔は、怪訝そうにしていた。
けれどそれより、ミズキの反応が顕著だった。びくりと全身を震わせ、顔を真っ赤にして、座ったまんま数歩後退する。あいた両手で真っ赤な顔を隠し、いや、その、と言葉にならない声を漏らしていた。
その場にいた全員が、硬直する。

「だ、だいじょぶ、だから……その、本当に、ふぃ、フィンクスは、気にしないで。大丈夫だから」

「は……?」と、フィンクスはつられたのか若干顔を赤らめて、けれど引き攣った表情を見せる。
あからさまに、わかりやすすぎる程に、ミズキはフィンクスに照れていた。そうして、でも、とはにかむような表情を見せる。

「フィンクスが心配してくれたのは、ええと、嬉しい……です。……ありがとう」

しばらくの沈黙。
誰もが何も言えないでいる中、ミズキだけが顔を真っ赤にしたまま、ふにゃりと頬を緩めていた。




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