その日、私はシャルと二人で市内に出ていた。適当なネカフェに入る、その目的は一つ。
ハンター専用サイトを見ること。

タカト先輩に声をかけなかったのは、結局何の情報も得られない可能性があったからだ。無駄に期待をさせて収穫ゼロでした、なんて上げて落とすようなことは出来ない。
一通りの事情を話したシャルには「もっと早く言ってくれればよかったのに」とシャル自身のハンター証を見せられてしまった。そう、わかっていた。知っていた。シャルがシャルがハンター証を持ってることを、私は知っていて、そのライセンスでハンター専用サイトにアクセス出来ることも知っていた。でも言わなかった。

私は、元の世界に帰るための情報を知りたいのか、知りたくないのか。
今でも自分の本心を見つけられない。

「まずは、何て調べる?」

ハンター専用サイト、狩人の酒場にアクセスしたところで、シャルが背後に立つ私を振り返る。
沈黙のまま隣のイスに座り、膝の上で両手を握りしめた。

「……情報屋に、異世界について」
「ストレート。了解」

カチカチ、と静かに響くマウスの操作音。
しかし当然異世界なんて項目はなく、出てくるのは暗黒大陸についてのみだった。それも、おそらく大した情報ではないだろう。暗黒大陸、と記してあるわけでもない。ただ私がその文字列を見て、暗黒大陸のことだろうなって思っただけだ。

他にも様々な項目を目で追い続け、「ないね」「じゃあ次」と淡々と話しつつ、ページをめくっていく。
そうしてようやく、本に関する項目の中で、異世界に関する文献をいくつか見つけた。情報料をどんどこ払って全てを見るも、どれも眉唾物というか、夢物語のようなものばかりだ。
やっぱりないのか、と複雑な思いで肩を落とし始めた頃、画面をスクロールしていたシャルの手が止まる。

「どうしたの」
「ここ。異世界研究家、だって」

シャルが指さす先。そこには確かに、異世界研究家というよくわからない肩書きで、一つの名前が載せられていた。フレデリク=ベルエル。異世界についての著書をいくつか持っている男のようだ。
異世界研究家だなんて肩書きを持ってる人間は、他の著者にはいない。人物の項目へと移り、フレデリク=ベルエルを検索する。

フレデリク=ベルエル。異世界研究家。人体収集家。十二冊の著作を持ち、その全てが異世界に関する内容である。ファンタジー小説としては一部のコアなファンを持つ。
……四千万ジェニー払って、わかった情報はそれだけだった。
あとはその男の顔写真だけ。どこにいるのかもわからない。わかったところでどうするつもりなのかは、なんとも言えないけど。

「顔立ちからして四十代前半……くらいかな。どうする? 一応プリントアウトしとく?」
「――……うん、一応」

印刷した男の名と、顔。作品名のリスト。たった一枚の紙におさまる情報を眺めながら、イスに深くもたれる。
それ以外にはこれといってめぼしい情報も見つけられず、私とシャルはネカフェを後にした。

「なーんか無駄なお金を使った気がする」
「だから俺が出そうか? って言ったのに。ミズキの手持ち、天空闘技場で稼いだ四億ちょっとだけだろ? それがあといくら?」
「三億は余裕できった」
「一億以上使って、成果が男の顔写真一枚かあ」
「言わないで悲しくなる」

はぁーあ、と深いため息。
一応の情報は得た。でも先輩に報告出来る程のものじゃない。少なくとも、この男の居場所くらいは見つけるべきだ。
途中図書館に寄り、フレデリク=ベルエルの著作をあるだけ借りておく。ハンター専用サイトで見たとはいっても、全文が載ってたわけじゃないし、割と流し見だった。じっくり読み返してみれば、多少の発見はあるかもしれない。
期待薄な気もするけど。

用事も終わったし帰るか、と駅へ向かおうとしたんだが、何故かそれはシャルに止められた。「いやいや冗談キツイって」と困惑気味に腕を掴まれて、こっちが困惑だ。
他になんか用事あんの? と問えば、呆れ混じりに肩を竦められる。

「やっぱりミズキって鈍感? それともわざと?」
「何がさ」
「今、俺とミズキ、二人きりで出かけてるんだけど。意味わかるよね」

きゅ、と手を繋がれる。
え……えぇ〜……? そういう展開……? こうなるならコルトピも一緒に来てもらえばよかった……。私だって別に鈍感ぶる悪女を演じたいわけではないのだ……。

「デートなら先輩と抹茶パフェ食べに行きたかった……」
「うっわ傷付く。傷付いたから今日一日俺に付き合ってもーらお」
「別にいいけどさあ〜……」

半ば引きずられるようにして、歩きだすシャルの後を追う。嫌なわけではないので、途中からはちゃんと歩いた。手は離してもらえなかったが。

とりあえずおやつにしよっか、なんて笑いかけられれば、それなりにときめきもする。なんてったってこのハニーフェイスだ。好きに決まってる。
でもなんかこう……いたたまれないというかなんというか。気まずい。
今更何言ってんだとも思うけど、すっげえこのキープしてる感。先輩が本命だけど振り向いてもらうまでは他の男キープしとこ、はあと、みたいな。とんだ悪女である。みたいなもなにも状況だけ見りゃ事実なのがまたなんとも。
一応シャルに関してはちゃんとフってんだけどなあ……ほんと何でシャルを私がフってんだろうな……逆ならまだしも……。

適当に入った喫茶店でもそもそケーキを食べつつ、割と楽しげにしているシャルを見やる。
「もうちょっと恋人っぽい雰囲気出してくれない?」と意味わからん注文をつけられた。恋人っぽい雰囲気って何だ。あ〜んでもすればいいのか。しねえけどな。

「ミズキ、ノリ悪いよ」
「そう言われましても……もうなにをどうすればいいやら」
「一日くらいタカトのこと忘れたって誰も文句言わないだろうに」
「私が文句言うわ」

やれやれと肩を竦められ、ちょっとばかし申し訳ない気持ちにはなる。
でもそんなの、どだい無理な話だ。タカト先輩の存在ありきで、基本的に私は行動している。そもそも私が好きなのは先輩だ。一日だって忘れられるはずがない。忘れたくもない。

「でももし元の世界に帰る方法がわかったとして、ミズキはタカトと一緒に帰りはしないだろ?」

当然のように告げられた言葉に、フォークに刺さっていたケーキが落ちた。
ゆるゆる、視線を上げて、何故か無意識に睨めつけてしまう。

「何でそう思うの」
「だってミズキ、一言も言ってないじゃん。帰りたい、なんて。タカトは酔っ払った時とか、たまに言ってたけどさ」
「……そう」

帰りたいとは、確かに言ってなかった。でも帰りたくないわけじゃない。私だって家族や友だちに会いたいと思う気持ちはある。あと本誌の続きが読みたい。
元の世界に帰る方法がわかった時、私はどうするのか。シャルの言う通り、一緒に帰りはしないのか。それに頷くことは出来なかった。首を振れもしなかった。

やっぱり私は、思うのだ。
自分がどうしたいかとか以前に、先輩が元の世界に帰るとき、私がその隣にいる未来が思い描けなかった。あの人を見送る未来しか想像出来なかった。
私は帰らないんじゃなくて、帰れないんじゃないか、って。なんとなく、そう思ってしまうんだ。誰にも言わないけれど。

ともかく、と皿に落ちたケーキを再びフォークで突き刺し、口に運ぶ。甘ったるいそれを飲み込んで、タカト先輩にお土産としてどれか買って帰ろうかななんて頭の隅で考えた。ゼリー系がいいかな。

「先輩がそばにいるにしろいないにしろ、それがあの人を忘れる理由にはならないので」
「強情だなあ。こんなイケメンが口説いてるのに」
「いったいいつ口説いたというのか」

ため息交じりに呟き、どうせならいっそもっと悪女ぶってみるかとにまり、笑う。

「女を口説くなら、やっぱり甘い言葉とプレゼントでしょ?」
「二億ぐらい持ってくればいい?」
「シャルってもうちょい駆け引き上手い男のはずでは……何でそこで現ナマなの……」

適当にあしらわれ、シャルには勝てないなとフォークを置く。
「振り込みの方が早いか」だなんて携帯を操作し始めてしまったので、大慌てで止めた。出来ればその様子は、周囲からは兄妹程度に見えていてほしい。




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