盗賊の極意を構えるクロロ。至ってニュートラルな纏状態のまま、対峙する私。
タカト先輩やパクは少しだけ不安そうに、他の旅団員たちは興味深そうに、その様子を見守っていた。

「じゃあ話した通り、よろしく、クロロ」
「……ああ。まさか俺がミズキと、戦うことになるとはな」

私にとっては二度目と言ってもいい状況。でも今の状況に、緊迫感はあるけれど切迫感はない。

ここに帰ってきてから、私は水行の能力をおさらいしようと一人で何度か試していた。
けれど、出ないのだ。うんともすんとも言わない。意識して出せる木行の火や土行の金と違って、どうやら水行の木にはなんかしらの条件があるようだった。
一人じゃどうしようもないわと観念した私は、最初に考えていた通り旅団の誰かに手伝ってもらおうと決める。しかし今ここにいるのは強化系のフィンクスとウボォー。記憶を読み取るパク。操作系のシャルに、具現化系のコルトピだ。この面子ではどうにもライルとの戦いに似た状況を再現出来そうにはない。

となると、まあ、一人しかいないよな、ってわけだ。
クロロが盗み持っている能力の数は私も知らない。それでもきっと多岐にわたるだろう。その中にはライルと似たようなものだって、多分あるにはあるはずだ。知らんけど。
そんなわけでクロロに手合わせを頼んだ。なるべく私を追い詰める方向性で戦ってほしい、と。
クロロは至極複雑そうな顔で、それでも渋々頷いてくれた。とりあえず私は戦ってる最中にうっかり能力盗られないようにしよ、の思いである。

「覚悟はいいか」
「一応」

諦念のようなものが混ざったため息を一つ。そうしてクロロは、ページをめくった。
現われたのは――十三羽のカラスだ。

水行の木の条件を探るのが本来の目的だけど、ついでに出来る限り戦闘考察力も鍛えよう。
カラスから距離を取りつつ、あれは何系の能力だろうかと思案する。ゴレイヌが確か具現化系だったから、アレも多分具現化系だろう。実体化した動物。操作系の複合能力でもある、はず。
問題はどういう能力を持ったカラスなのか、だ。ギャアギャアと鈍く鳴きながら旋回する割に、私を襲ってくる気配はない。
ちらとクロロに視線を戻す。その一瞬の隙をついて、三羽のカラスが一直線に降下してきた。躱そうとしたが、カラスたちは私にぶつかることもなく、再び急上昇していく。
何だ? と首をかしげた時。ぴちょん、と何かが右肩に落ちた。

「……ハァア!?」

視線をやって、怒気混じりまくりの声をあげる。
糞だった。えっ、はっ? 追い詰めるってそういう方向性で? メンタルを削る的な? ていうかなにそのクソ能力。糞だけに、ってうるせーわ。

ぞわぞわ、と右肩から全身に鳥肌が立っていく。
やだもうこの服割と気に入ってたのに! あとでクロロに新しい服買わせてやる! 絶対だ!

当然それだけの能力じゃないだろうとはわかってたけど、鳥肌スタンディングオベーションでそれどころじゃなかった。ひとまず全羽叩き落とす。そう決めてから糞のついた上着を脱ぎ捨て、地面を蹴る。
適当な木を足場にして高く跳び、まずはさっきの三羽へオーラを飛ばす。カラスらしからぬ悲鳴をあげて、三羽は宙にかき消えた。カラスの悲鳴とか聞いたことないけど。
途端、残りの内九羽が一気に私へと迫ってくる。まあまあの恐怖だった。一羽を足蹴にして上方に躱し、宙返りをしてから半身をひねる。カラスたちはすぐさま方向転換が出来ず、私に背を向ける形となっていた。
その隙にオーラの一部を糊状に変化させ、九羽のカラス全てを包むように放つ。内心マジで伸縮自在の愛のパクりやんけとは思ったけど無視だ。一網打尽となった九羽は、そのまま地面に叩きつけた。べちゃりと音を立て、これもかき消える。
あと一羽はどこに行ったのか。円を広げ気配を探り、すぐさま視線を下方へ移す。

グロ画像よろしくゲル状に融けたカラスが、私の着地点に広がっていた。ウワ……無理……。
ヒエッと情けない声をあげつつオーラを放って、着地点をずらす。ところがどっこい、ゲルも移動した。どころか私に迫ってきていた。グロすぎる絵面のゲルがうねうねとカラスのような形をとり、びちゃびちゃ色んなものを散らしながら私へと飛んでくる。

「だからっ、何でそういう追い詰め方なの!?」

割とグロ耐性はある方だけど、こういう夏場に放置した生ゴミみたいな、何ヶ月も掃除しなかった排水溝みたいな、そういう系は無理なのだ。得意な人もいないだろうけど。
うえぇ、と吐き気を催しつつ若干涙目になる。私放出系じゃないのにい、と泣き言を漏らしながらゲルにオーラを放ちまくった。だめだ〜びちゃびちゃ言うだけで意味ない〜! ていうかパニクりすぎてうまくオーラ練れない〜!

もうゲルはすぐそこまで迫ってきている。アレに当たったら、と考えるだけで気を失いそうだ。無理! マジ無理! 今すぐお風呂入りたい!! もうやだ!
クロロになんか頼むんじゃなかったー!! と脳内で絶叫した瞬間。

ピンク色の洪水に巻き込まれるようにして、ゲルが消えた。
あ。と思うのも束の間、それは雪崩れるようにクロロへと向かって行く。アホ面の私が着地した時、クロロは既に花弁の洪水に埋まっていた。閉じた盗賊の極意だけが微妙に見えている。

周囲もポカンとしている中、どうしようクロロもライルみたいにファンシーな感じで失神してたら……と思いながら花弁をかき分けていく。そうこうしている内に盗賊の極意がフッと消えて、同時に花弁も姿を消した。
とりあえず失神はしていないようだ。疲れた顔はしてるけど。

「えー……っと、大丈夫? クロロ」
「ああ。大体は理解した」
「マジで? 私は理解してないのに?」

それでもひっくり返ってはいるクロロに手を差しのべ、立ち上がらせる。
軽く服を払いながら、クロロはじっと私を見下ろした。おこ? おこなの?

「ミズキ。お前のそれは、おそらくミズキが不快だと感じたものを洗い流す能力だろう。念だろうが物だろうが関係なく、ミズキを不快にさせたもの全てを流し去る。さっき投げ捨てた上着を見てみろ、糞も消えているはずだ」

落ちてた上着を拾えば、確かに綺麗になっている。なんなら土埃とかすらついてなく、パッと見は新品同様だ。便利ぃ。

「もしかしてクロロ、私に話聞いた時点でだいたい察しついてた?」
「何故お前は気付かなかったんだ、と言いたいくらいだ。ライルという男との戦いからして、ある程度の察しはつくだろう。だからこそミズキが嫌がりそうな能力を選んだ」

もうちょい優しく言ってくれてもよくないかとは思うが、まあ確かに言われてみれば可能性を絞るくらいは出来たよなとも思ったので、黙って聞いておいた。

以降はどの程度の不快感で能力が発現するのかを検証していったんだけど、それはそれは苦行だった。
件のゲルカラスに始まり、虫やらカビやら。何でそんな能力盗んでんだクロロはと言いたくなる能力が目白押しで、一通りの検証が済んだ頃には私は完全にげっそりしていた。クロロも何発か花弁洪水を喰らったので、私よりはマシにしろぐったりしている。

ひとまずわかったのは、水行の木は私が発動させようと思って発動するものではないということ。なんかやだな〜くらいの状態では発動しないこと。私が、もう無理! やだ! と駄々をこね始めた辺りでようやく、発動してくれること。
念は消し去る。物もある程度なら消し去る。でも人をどうこうさせることは出来ず、おそらくライル相手の時みたく失神させるのが精々だということ。その辺りだ。

総評。

「除念が出来るって考えるとすごい能力だけど、範囲が限定的すぎるよね。ミズキが不快だと思わなければ、例えば拘束系の念能力なんかは除念出来ない可能性が高い」
「操作系能力の除念も難しいだろうな」
「発動さえすれば、すごい威力だとは思う。でも、無意識下でしか発動出来ないなら……」
「つまり割とゴミ能力じゃないですかやだー!」

早くどうにかこうにか、もっと実戦的な能力を作ろう。そう思った一日だった。こなみ。




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