飛行船を降りた頃、タカト先輩の携帯が震えた。見せられた画面を覗き込めば、南出口、とだけ書かれたフィンクスからのメールだった。 「わざわざ迎えに来てくれたんですかね」 「フィンって優しい奴だよな」 呼び方が……変わってる……だと……!? あれ先輩ってフィンクスのこと普通にフィンクスって呼んでたよね? それとも私が知らないとこではフィンって呼んでたの? えっ? ……エッ? わなわなしている私を置いて、置いてくぞーと先輩は歩き始めてしまう。 一体いつからあだな呼びに……そんな……まさか……。アワワ状態のままともかく駆け足で先輩を追うが、ぶっちゃけちょっとフィンクスに会うのが怖かった。 どうしよう対面した瞬間「タカト! 会いたかったぜ!」とかってハグキメるようなフィンクスがいたら。泣きながら殴り飛ばしてしまうかもしれない。今でも別段仲良しなわけじゃないのにこれ以上フィンクスと仲悪くなりたくないよお。でもライバルが男なのはやだ〜! それならパクとかがライバルの方がいい〜! 勝ち筋見えないけど〜! 考え込みすぎていっそ泣きそうにすらなってきたのに、南出口にはあっという間に着いてしまう。 ロータリーにつけられた車の横。煙草を吸いながら立っているのはフィンクスで、その隣にはコルトピの姿もあった。 「っコルトピ!」 「ミズキ」 久しぶりのコルトピに、考えていたことも全部すっ飛ぶ。わああ久しぶりー! と勢いのまま駆け寄り、抱き付く。キルアともゴンともクラピカとも違う撫で心地が懐かしい。コルトピもちゃんと抱き留めてくれて、久しぶり、と嬉しそうな声音で呟いた。 その間フィンクスと先輩も「久しぶり。なんか悪いな、わざわざ迎え来てくれて」「気にすんな」と熱烈ではないにしろ再会を喜び合っていた。そういう静かな感じがまた余計に勘ぐってしまう。ウッ業がつらい。 「ミズキもタカトも、俺のことは無視?」 微かな機械音と共に下がった窓から、シャルが顔を覗かせる。ごめんごめんと取り繕うように笑いつつ、コルトピから身体を離した。手は繋いだまんまだ。 私の弟――多分年上だけど――がこんなにもかわいい。 「シャルも久しぶり。なんだかんだ一番連絡とってたから、そんな久しぶりな感じもしないけど」 「シャルはマメだよな。俺にもしょっちゅうメールくれたし」 話しながら車に乗り込む。今回は運転席にシャル、助手席にフィンクスで、後部座席にコルトピ、私、タカト先輩の順だ。 ここに来たばかりの頃は、先輩の隣になんて座ったら緊張で吐いてしまう……と思っていたはずなのに、さすがに何ヶ月も移動時はほぼ隣で過ごしてたもんだからなんかもう慣れてしまった。変わらずどきどきはするけれど。左腕だけ熱い気がする。 移動中の車内ではハンター試験のことやゾル家、天空闘技場でのことなんかを話し、時間はあっという間に過ぎる。 久しぶりに辿り着いたのは、寂れた商店街という名の仮アジト。 コルトピやパクが定期的に掃除をしてくれていたらしく、私たちの家は出ていった時と変わらないままだった。感謝……。 荷物を片付けて着替えを済ませてから階下に降りれば、同じく着替えた先輩が靴を履こうとしているとこだった。 シャル曰く、晩ご飯は一番大きい家に集まって今いる全員で食べるつもりらしい。当然提案者はクロロだ。ううん、アットホーム。A級賞金首とは。 私も靴を履き、ちょっと早いけど行きますか、と先輩を振り返る。タカト先輩は靴を掃き終えた姿勢のまま、玄関に座って私を見上げていた。 「息抜き。出来たか? ミズキ」 窺うようなそれは、反語みたいに感じ取れた。息抜き出来なかったんじゃねえか? そう問いたいけど、問えなかった。そういう声音。 ほんとのところなんてわかんないけど、もしかして余計なことしたんじゃと考えているような、不安げな声だった。 息抜きが出来たかどうか。それは正直微妙なところだ。 でも天空闘技場での経験は、私にとっても先輩にとっても有意義だった。私は自分の念能力をもう一つ発現させられたし、先輩は発を完成させたんだ。行って良かった、と言える結果だろう。 だから私は、他意のこもらない笑みで、先輩の不安を吹き飛ばそうとする。 「もちろん。案外楽しかったです、天空闘技場!」 「……そか。なら、よかった」 「先輩が誘ってくれたおかげです。ストレス発散にもなりましたし」 適当なところに腰掛け、もう一度、出来るだけ朗らかに笑う。 やっぱりタカト先輩は、私に息抜きを、気分転換をさせようと思って、天空闘技場に誘ってくれたんだ。その気持ちだけで十二分に、幸せだった。 この先何が起こったとしても、きっと頑張れる。そう思うくらいには。 やっぱり私には、先輩が必要なんだ。タカト先輩が私の、支えで道標。 だからこそ私は、この人との約束を守らないといけない。 タカト先輩を元の世界に帰す。 ハンター試験が終わってから、今までは出来なかったけどやれるようになったことがあった。でも私は、それをすぐには実行しなかった。ハンター証を手に入れる前だってやりようはあったのに、提案すらしなかった。 そろそろ、行動に移すべきなんだ。見つかろうと見つかるまいと、絶対に。この人を元の世界に帰すための、情報収集を。 「考え事は、まだ、俺には話せない?」 ゆっくりと立ち上がった先輩の、静かな声。 私は少し悩むような素振りを見せてから、けろりと笑った。何も考えてないような、脳天気そうな笑顔を意識する。 「よくよく考えてみたら、そんな大したことじゃなかったみたいです。だから大丈夫ですよ。心配ご無用です!」 「……本当に?」 「タカト先輩に嘘なんてつけませんよー」 嘘だ。どんなに表情で、態度で取り繕ったって、こんなにもわかりやすい嘘はない。 それでも、先輩にこれ以上の負担はかけられない。心配をさせたくない。だから私は笑顔のまま、先輩に背を向けて再び「行きましょう」と口にした。話を無理矢理、終了させた。 +++ 晩ご飯はバーベキューだった。肉も野菜も全部美味しかったんだけど、何で私は幻影旅団とバーベキューしてるのだ……? と若干真顔になってしまったのは秘密だ。 おそらく盗ってきたんだろうこのバーベキューセット、一体この先どうするつもりなんだろう。ヨークシンにも持ってくのか? バーベキューしながら、地下競売のお宝全部盗ったぜイエーイ会でもするのか。どう考えても頭ん中お花畑すぎる。そんな幻影旅団は嫌だ。 「そういえばタカト。フィンクス来たけど、まだミズキと住み続けるの?」 ビールをあおりつつ、ふと疑問を投げかけたのはシャルだった。 思わず、うわっ……私の年収、低すぎ……? のポーズをとってしまいながら、おそるおそる先輩を見やる。きょとんとしているタカト先輩と目が合った。次いでフィンクスへ視線を移す。こちらもきょとんとしていた。なに同じ表情してんだよ。半ギレ。 シャルも余計なことを……と思いはするが、でも考えてみれば妥当な意見だ。 やっぱり先輩にとっては、旅団員の中ではフィンクスが一番仲が良いと思う。最初っから気に入られてた風だし、修行の期間もほぼあそこは二人でセットだった。シャルやフェイタンを混ぜてだけど、時々街にも出かけてたし。 そもそもタカト先輩だって、フィンクスいない、シャルもダメ、って順番で、三番目に私と住むのを選んだんだ。あれこれ自覚すると割とかなしいな。やはり性別の壁か……。 ともかく、シャルの言う通り、今となっては私とタカト先輩が一緒に住む理由はない。 まあ私としてもやっぱり好きな人、しかも片想いの相手が一緒に住んでる以上、めちゃくちゃ気を遣わなきゃだったし、心安まる家だったかって言われると返答に窮するんだが。お風呂上がりとかトイレとかね。生活音とかね。 その辺りは私が女だからってこともあって、タカト先輩も相当気を遣ってくれてたんだろう。ラッキースケベなんて起こり得るはずがなかった。 生活の楽さを考えれば、私は一人で暮らした方が楽だし、タカト先輩もフィンクス相手の方がまだ気を遣わずに済むはずだ。 でもやっぱり、先輩は旅団への恐怖心から私を選んだわけなのだし。そこんとこどうなんだろう。 ていうか今更、あっじゃあフィンと住むわ! って言われたら、結構地味にショックなんだが。 一人は楽だけど先輩と二人が嫌ってわけじゃないんだよお。せっかく徐々にフラグが建設されつつある気がするんだから、一つ屋根の下ってアドバンテージは持っときたい〜! 「あー……まあ、今更引越しすんのもめんどくせえしな。割とがっつり部屋修理したし、勿体ないっつーか」 ッシャオラ! と内心ガッツポーズ。そしてフィンクスへ向けてバレないようにドヤ顔。 選ばれたのは私でした! やったねミズキ! フラグが増えるかもよ! 「ふうん。 ミズキもパクとじゃなくていいの? 女同士の方が気楽じゃない?」 「あら。女同士でも気は遣うわよ?」 続くシャルの言葉に、パクは艶やかな笑みを返す。 今完全に気ぃ遣われたな……さすが大人の女性……と感動しつつ、パクの言葉に同意する。 「気を遣うのは誰が相手でも一緒だしね」 「そういうことよ。でも私もたまにはミズキと話したいわ。いつでも泊まりにきなさい」 「ほんと? 行く行く! パジャマで女子会しようパク!」 「いいわね。じゃあ今度、そのためのパジャマを買いに行きましょう」 「やったー!」 話題が逸れたとこで、パクの隣に移動し「奢るぜ……」とキメ顔をしておく。くすくすと笑ってくれるパクに私も笑みを漏らしながら、ちらとだけシャルに視線を向けた。 目が合い、ちょっとだけつまんなそうな顔のまま、音にはせずどんかん、と言われる。 やっぱりそういう意図だったのかと、若干顔が熱くなる。 別に鈍感じゃねーよ。敢えてだよ。そう思いはしたが、当然口にはせずお茶で顔の熱を冷ました。 ← → 戻 |