やっぱり時間の流れは早く、あっという間に天空闘技場から去らなきゃいけない日が明日へと迫っていた。
ゴンとキルアにはあらかじめ話してたけど、それでもやっぱりゴンの怪我が治りきっていない今、ここを発つのは申し訳ないというかなんというか……複雑なところだ。ゴンは「オレのことは気にしないで」と笑ってくれたけれど。
「どうせヨークシンで会うだろ?」とは、キルアの言葉だ。タカト先輩は勿論と頷いていたけれど、私は変わらず曖昧に頷くことしか出来なかった。

なんの確証もないけど、なんとなくの確信がある。きっと原作は変わらない。
クラピカはノストラードファミリーに入るだろうし、そうすれば必然、ヨークシンのオークションにも関わることとなる。旅団がヨークシンの地下競売を狙うのだって、きっと必然だ。クラピカと蜘蛛の邂逅は必至。原作通りの展開は免れない。
その時の私がどうすればいいのか、どうするべきなのかは、どれだけ考えてもわからなかった。両者が対立すれば、旅団をとるのか、クラピカをとるのか。そういう話になってくる。
ウボォーとパクを、死なせたくない。ウボォーとパクが死ぬ姿を、見たくない。
それだけなのに。

「ミズキ?」

名前を呼ばれた気がして、ふと意識を周囲に戻す。そういえばゴンの部屋に集まってたんだっけと思い出し、私を呼んだゴンに笑みを向けた。

「なに?」
「ううん。ミズキがなんだか、悲しそうに見えたから」

悲しそうに……か。
ちょっと違う気もするけど、しっくりはきた。私は悲しいのかもしれない。
どう悩んだって結局、私が優先させるのは旅団だ。
クラピカのことだって大好きだし、出来る限り幸せに、笑って生きていてもらいたい。あの笑顔を知ってしまったから、復讐に生きるクラピカなんて見たくない。
だとしても私は、旅団とクラピカが対立してしまえば、クラピカを切り捨てるんだろう。実際手を出すつもりはない。仮にクラピカが死にそうになれば、助けるだろうとも思う。でも、クラピカの意志を踏みにじろうとしている時点で、それは切り捨ててるのと同じだ。
それが私は、悲しいんだと思う。どっちも大好きなのに、どっちかを切り捨てなきゃいけない、未来が。

「まあそりゃ、悲しいっていうか、寂しいよ。試験からずっとゴンたちと一緒にいたんだもん」

へらりと笑って、誤魔化す。
ヨークシンに集まる九月まで、あと半年弱。それだけの期間、きっとゴンたちとは会えないから。また会えるにしても寂しいのは寂しいよ、とゴンの頭をぐりぐり撫でた。
誤魔化しだとしても、本心に違いはない。ゴンとキルアは誤魔化されてくれたようだけど、タカト先輩はどうだろう。その表情を見る勇気は持てなかった。


翌日。ゴンとキルアと別れを済ませ、ある程度荷物をまとめた私と先輩は各々の部屋を後にした。
二人は外まで見送ると言ってくれたけど、あまり一緒に居すぎると名残惜しくなってしまう。別れは部屋の中だけで、また会えるんだからとあっさり終わらせた。
飛行船の予約は済ませたし、列車で飛行場まで行って、そっから一週間ほど。四月の一日くらいには仮アジトに帰れるだろう。

「じゃ、行くか」
「はい。……なんかあっという間でしたね」
「ほんとにな」

ゴンたちとの別れは寂しい。でも、久しぶりに旅団のみんなに会えるんだと思うと、やっぱり心はちょっとだけ躍った。

「そういや昼飯どうする?」「飛行場で軽くなんか食べますか」なんて話しながらエレベーターホールへ歩いていた私とタカト先輩を、迎える影が一つ。
二百階にあがってきたゴンとキルアを止めたあの時とは、立ち位置が逆だ。エレベーターの前に続く通路、壁に背を預けて腕を組んでいたのは、ヒソカだった。
……タカト先輩、顔顰めすぎでは。

「何だよ」

す、と私を庇うかのように先輩が一歩踏み出す。はあ〜……イケメン……。

「二人が帰るってミズキに聞いたからね。お見送り」
「……ミズキ」
「え? あっ、……うう、すみません」

ため息交じりのジト目で見られ、肩を落とす。
だって無言で帰ったら、なんか感じ悪いじゃないですか……一応知らない仲じゃないんだし……。

「ミズキとは最終試験で戦ったけれど、タカトとも戦ってみたかったのにな。残念だ」
「戦わねえよ。めんどくせえ」
「そうかい? きっとイイ試合が出来ると思うんだけどなァ……」

舌舐めずりをするヒソカに、先輩のオーラがぶわりと跳ねた。ドン引きと恐怖と嫌悪を足して割ったようなオーラ。
思わず肩を跳ねさせ、先輩の服の裾を引っ張る。タカト先輩が時々私にするみたいに、腕を引くような勇気はなかった。さすがにそれは難易度高い。

「行きましょう、先輩」
「……だな」
「ヒソカも、あんまりゴンたちで遊びすぎないでよ」

一欠片の意味もないだろう注意には、笑顔だけを返される。
曰く、ゴンとキルアはヒソカにとっての新しいオモチャだ。取り上げることはおろか、遊び方を諫めることだって出来やしないだろう。わかってはいる。
「ミズキとタカトが相手してくれればいいんだけど」とか返されたけど、どうせもし私たちが相手にしたところで、ゴンとキルアは後回しにするだけでしょ。知ってんだからなお前のそういうとこは。

ヒソカの言葉は無視して歩を進める先輩を追い、とりあえずじゃあねとだけ告げ、私もヒソカを通り過ぎる。
引き止められることはなかった。ひらひらと手を振り、笑顔で私たちを見送っている。お見送りの言葉は一応本心だったらしい。

それでも、エレベーターの扉がしまる直前。
ヒソカはらしからぬ声音で、何かを惜しむようにぽつりと告げた。

「蜘蛛からは、離れるべきだと思うよ」

扉がしまる。ヒソカの姿が、見えなくなる。
何かを惜しむような口調。らしからぬ忠告。なのにその表情だけは、ゾッとするほど不気味な笑み。
どういう意味だよ、と眉を顰める先輩に、私は何も返せない。

あの言葉の、あの笑みの意図を知っているのは、理解出来るのは、私だけだ。
ヒソカは蜘蛛を壊すつもりだから。今すぐではないにしろ、いつかは狩るつもりだから。私たちに忠告した。まだ壊すつもりのないオモチャが、壊すつもりのオモチャのそばにいる。だから、忠告した。

唇を噛み、視線を足元に落とす。

未来を変えること。私が見たくないものを、見ないようにすること。
きっと彼を殺してしまうのが、一番簡単で、単純な方法だ。無傷でとはいかないだろうけど、それでも本気でやれば、今の私にはきっとそれが出来る。
なのに、無理だった。思いついたところで、理解したところで、私にそんな選択肢を選べるような覚悟はなかった。
しんどい。その言葉が今の心境を、一番的確に表している気がした。




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